取材・テキスト:plug+編集部
ボカロ曲『ユニコーンガール』が、ボカコレ2022秋のベスト3に選ばれるなど、各方面で注目が集まっている若干18歳のボカロPのKaiさん。彼が広く知られるきっかけとなったボカロ曲『さよならプリンセス』は発表1年(2023/3/9時点)でニコニコ動画で43.3万再生、YouTubeで540万再生され、多くのカバー曲がニコニコ動画を中心にアップされ、さらに踊ってみた動画への波及など、多くの支持を集めている。本インタビューでは『さよならプリンセス』の制作話などを中心に、自身の言葉で楽曲・歌詞制作のこだわりなどについて語ってもらった。
『さよならプリンセス』配信プラットフォーム https://nex-tone.link/A00107897
目次
はじめての楽曲をアップするまで100曲はボツになった
●Kaiさんは、2021年8月31日にニコニコ動画へ初アップしボカロPデビュー。その後、徐々に支持を集め、「ボカコレ2022秋のルーキー・ランキング」で注目されたわけですが、まずは、それ以前のボカロ曲制作をはじめたきっかけから聞かせてください。
Kai DTMでの曲制作は中学3年生の15歳からはじめました。きっかけは、ボカロPのAyaseさんの曲を聴いて、“こんな曲を作れる人かっこいい!自分もこうなりたい!!”という気持ちからです。その時は、曲作りにはボカロを使っていなくて、自分で歌うことを前提に1年くらいはいろいろ作ってみたりしていました。それまで楽器をやっていた経験もないので、独学でDAWを触って試行錯誤していたのですが、歌については「うまくいかないな」と限界を感じて悩んでいたんです。
●そこでボカロに出会ってという機会があったんですね?
Kai はい。ネットで音楽をいろいろ聴いていて、ボカロPのすりぃさんの楽曲『限りなく灰色へ』に、「美学とかプライドとか語る前にやれることやっていけ」というフレーズが出てきて、そこで妙に納得したんです。とにかく、やれることはやろうと。数日後には、以前から興味を持っていたボカロをすぐに買ってボカロ曲を作り始めました。
●その時の制作環境はどのようなものでした?
Kai パソコンはもともと持っていたので、DAWに無料のBANDLAB Cakewalkを使って、ボカロ音源の初音ミクは貯めていたお小遣いで買いました。DTMをはじめてすぐにギターは始めていたのですが、曲作りではソフト・シンセのみを使ってパソコンだけでやっています。コードを扱うことを考えたらギターは間接的に関わっている感じですね。
制作環境も『ユニコーンガール』までは基本的にCakewalkにあるものを使っていました。購入したのは、NATIVE INSTRUMENTS Massiveくらいで、あとはフリーのプラグインで気に入ったものを利用したりしています。最近やっとDAWをSTEINBERG Cubaseに乗り変えたり、少しづつプラグインも買うようにはなりましたが。
この環境にあえてこだわりすぎないようにするという部分も、Ayaseさんの影響が大きくあると思っています。
●限られた環境で曲づくりに集中していたわけですが、どのように制作を普段行っていましたか?
Kai まずはインターネット上に曲を発表する目標はありました。そこに向けて、自分でアイデアを日記のように作り続けていました。はじめて投稿するまでに短いフレーズなどを含めると100曲以上は作っていました。結局、ネット上に投稿するまでは1年くらい「発表したいけど納得いくものがなかなかできないな」と悩みながら作っていました。
●音楽制作はいろいろチャレンジをしていたわけですが、どんな風に曲作りを覚えたんでしょうか?
Kai まずはひたすら好きな曲のコピーを作る練習をしました。コピー曲を一部分でもいいので再現しようといろいろ試していました。そこで、こんな音の構成でフレーズができているんだなとか、音の厚みの出し方はこうやるんだなと、特に編曲の部分において学ぶことが多かったです。
あとは、良い時代に音楽制作をしているなと思うのは、ボカコレというイベントでステム・データが公開されているので、マルチトラック・データをダウンロードして自分の環境で編集できることですね。それを元に同じような音に再現するようにいろいろ試して「あ、同じ音になった!」と感動するみたいなことを体験できるんです。
●バンド曲だと耳コピして合っていそうなコードを探り当てたりしますが、DAWだとそれが緻密にできるわけですね。
Kai はい。制作も自分のペースでできるので、ひたすら研究して作り続けていました。試しに作った曲で、完成したものが3割、未完成が7割くらい。そのようなものを多い日には、3つくらい作っていましたね。
●日々、曲づくりと向き合っていたわけですが、ネットで発表する前に、周りの友人に聴かせたりしましたか?
Kai いいえ。僕がボカロ曲を作っていることは未だ親友にすら言っていません。あと、家族にも言ってこなくて。つい最近、お金周りの知識が無く不安だったため、はじめてボカロP活動について話しました。音楽制作している姿も見せていなくてヘッドホンも使わず、普段はPCとiPhone付属のイヤホンで制作してるくらいなんです。コソコソやっていることによるワクワク感みたいなものがモチベーションの一部になっていたりもするんですよね。
●音楽制作をPC、発表をネットで行えることで、普段の自分とクリエイターの自分の居場所を分けるのがとても今っぽい状況ですね。
Kai そうですね。もともとAyaseさんの影響から音楽を作り始めてるので、自然とそのような環境で創作を続けてきました。僕が小学生のころから大好きなSEKAI NO OWARIもそうなんですが、何か普通じゃない、常に新しい表現を行っていく姿勢にあこがれています。発想の面白さみたいなところが、自分の創作作業のこだわりになっています。
『スライム・ポップ・プライム』は2日で完成。とにかく早くできた曲
●そして、ニコニコ動画に『氷結東京 / 初音ミク』を初投稿することになりますが、当時の気持ちはどうでしたか?
Kai 世に出せる完成度ではないなと思いつつ見切り発車で投稿したのは覚えています。初投稿のときも決して満足してはいなかったですね。ですが、先程の「やれることはやっていこう」というフレーズのマインドなので、まずは発表してみる気持ちでした。
もちろん曲や音にこだわりたい気持ちが強かったので、それなりにクオリティは出ていたなと、今になっては思います。『氷結東京 / 初音ミク』は、実はAyaseさんのことを絡めて書いたような曲にしたんです。そういう意味では、最初の曲としてふさわしいものになった気もしています。
●ニコニコ動画の場合、反応がすぐに分かるわけですがいかがでした?
Kai もちろん最初は反応は少なかったですが、24時間で150再生くらいでコメントも2,3件付いたのは覚えています。コメントで「Ayaseさんっぽいね」と指摘されたりするのが、当初は嬉しかったりしました。実は、タイトルも意識していないとこんなタイトルにしないですけどね。
●やはり、ニコニコ動画上でリアクションがあるとモチベーションも高まりますか?
Kai はい。投稿を初めた当初は、結構ペースも速くて『スライム・ポップ・プライム』は、曲が2日で完成して映像が3日できて、すぐにアップしたとにかく早くできた曲でした。あと、結構、反応が良かったので、今の感じの曲調になったターニングポイントの曲なんです。受けるコメントは、言葉通りに受け取らず「このように言われているな」と冷静にみています。もちろん、ポジティブなものは素直に嬉しいなと思います。
●動画へのリアクションが曲作りに影響しますか? やりたいことを見失う感覚みたいな。
Kai 自分の作りたいものとは違う方向に行ってしまうことは無いですね。まず、制作する過程で「自分がいいと思える」っていうフィルターを通しながら作るように心がけています。その過程を経たものが世の中に出ているので、この作り方だと見失うことはないと感じています。テーマは決まったものの完成までいかない未発表のボツ曲もたくさんあります。
●曲制作では、やはり、「これは!」というフレーズや音ができる瞬間がありますか?
Kai はい。なかなか出ないですが、出たときには、もう頑張って磨きます。これを最高の形にして出したいなという欲求で作っていますね。ただ、後で聴いたらそうでもないことはよくあります。全ボカロPが経験していることではないでしょうか。
あと、TikTokとかの影響もあって言葉を選ばずに言うと一発屋みたいなものも多くなっていると感じています。なんというか、そんなに自分の地盤が固まっていないのにネットだと一気に注目を浴びる現象が起こると言うか。その意味では、『さよならプリンセス』の反応が思ったより大きかったので、その時は“これがピークになるのでは?”という焦りと不安は正直かなりありましたし、今でも常に感じています。
本人が気にしない場合もあると思うんですが、自分としては活動を長くやっていきたい気持ちが強いので、『さよならプリンセス』を越えるような曲を作るぞ!という、次の目標を持って頑張ろうと思っています。
「曲調も歌詞も明るけど、よく読むと何か見えてくる歌詞」を常に意識
●では、『さよならプリンセス』について聞きます。当時の試行錯誤で意識したことはありますか?
Kai それまでと、特に大きく作り方を変えたことはないんですね。ただ、1つ前の曲『海底電光 / 初音ミク』まではスムーズに創作できていたのですが、そこでなかなかよい感じに作れない時期がきて少しスランプになったのを覚えています。
そんな時に、プラグインを整理したらフリーのシンセでトイピアノみたいな音源があって、試してみたら音がしっくりきたんです。それが『さよならプリンセル』のイントロとサビでメロディをなぞるのに使われているものなのですが。音色からインスピレーションを得て曲ができました。
●音から発想してみたいなことはよくあるのですか?
Kai 割と多いかもしれません。『スライム・ポップ・プライム』のイントロもシンセ・パッドのような音がたまたまできて、その勢いで曲を作ったのを覚えています。「これを求めていたぞ」という感覚は無かったのですが、音色からインスピレーションを受けているのかもしれません。後付けになるんですが、先ほどのトイピアノの音も“プリンセス”というテーマにもしっくりくる音だなと思えています。
●曲作りの工程としては、音色やフレーズから徐々にイメージを膨らませていく作業ですか?
Kai 結局、同時進行しながら考えている状態ですね。イメージ通りのメロディとコードを作って、編曲して、サビのインストを8割ぐらいまで完成させます。そして、同じくAメロ・Bメロのインストをほぼ完成させる。パートごとにまとめて作っていきます。そのタイミングで気持ちいい音にした結果の積み重ねですね。
あと『さよならプリンセス』までは、編曲と別に「ミックス作業」を意識してやったことなかったんです。最新作の『ユニコーンガール』ではミックスみたいなことを初めてちゃんと意識してやってみたのですが、「ミックスうまくなりましたね」とコメントをもらったりして、これがミックスなのか、と後になって気づいたりしました。まだまだ、これから勉強していくことが多いですね。
●ボカロ動画だとイラスト(=絵)のことも考えることになりますが、その辺りはどのようなタイミングで発想しますか?
Kai 曲を作っているときに映像のことはあまり考え過ぎないで進めますね。出来上がった曲を聴きながら、こういう絵だったらいいなみたいに想像しています。『さよならプリンセス』もそうですが、動画を作るタイミングで、ボカロ関連のイラストやインスト音源などの素材を共有するサイト「PiaPro」で、イメージに合うイラストを探しました。
●フレーズの歯切れ感が心地よいですが、音作りでどんなことをしましたか?
Kai 恐らくリリースカット・ピアノですね。持ってるピアノのプラグインで一番、理想の音が出るものを探して、気持ち良く聴かせるにはどうするか意識して音作りしています。
あと、ビートというか、ドラム音ですが、打ち込みっぽいものをベースにしつつ、たまに裏で音割れしたドラムを鳴らしているんです。それが、リズムのアクセントになっていると思いますね。歯切れの良さとかちょっとずれるかもしれないんですけども、可愛い系の曲なのに、そういうバチバチのドラムが入ってるギャップというか、コントラストが面白いと思っています。
●シンセ選びについてのこわだりはありますか?
Kai シンセはMassiveをほとんどのパートに使っています。同時に7つとか立ち上がることがよくあります。あとは、フリーのプラグインで気に入ったものがあれば活用したり。お金をかけなくても、「僕程度のクオリティの曲であれば作れる」とこれから始める人には伝えたいですね。
●また、歌詞もいろいろ考えるのが大変だと思いますがどう作っていきますか?
Kai 例えば「イントロだけで歌詞を考える」ということはなくて、基本的には曲として一応出来たものに最後に歌詞を入れていきますね。歌詞は、一番こだわってる感覚があって「普通の曲」にはしたくない気持ちがあるんです。どの曲もそうなんですけど、「曲調も歌詞もすごい明るそうなんだけど、よく読んでみるとそうじゃない、何かが見えてくるような歌詞」をすごく意識してます。
●その「どこか共感できる世界観」が、『さよならプリンセス』が支持を集めた要因ではないですかね?
Kai そうですね。一見、その歌詞にもあるように乙女っぽさとかを意識してるんですけど、更にその奥というか、もっと深く歌詞を見てコメントしてくれてる人とかを見るとより嬉しいですね。実際は難しいんですけど。小難しい歌詞過ぎても、闇感が強過ぎは良くないのはなんとなく分かるので、敢えてライトな言い方でキャッチーな受け取り方をしてもらえるような言葉遣いにはしています。
●裏を返すと、リスナーとしての自分が他の人の曲を聴く時に思っている感情なのですか?
Kai 何か他に無いような表現。すごい上手いこと言ってるなみたいな、歌詞を見ると燃えますね。一つの物語として、その曲の中で完結してる詞を絡めたいなと常に考えてます。そこはSEKAI NO OWARIの影響が多いにあります。
●普段あんまり深く考えないけど行間を考える為にすごく時間を使って生み出される言葉って全然違いますよね。
Kai 僕の場合、友人も多いタイプでなくて人と話す機会が極端に少ないので、一人で考える時間がとても多いです。その分、自分の中での歌詞のことを考えることが多くて、そこで磨かれてるのかもしれないですね。
●表向きは、“プリンセス”という登場人物の気持ちを歌ってるわけですが、その裏で表現したいことはどのようなものでしたか?
Kai それはたくさんあります。コメントで考察されているのでヒントにとどめておくのですが・・・プリンセスが登場人物になっているわけで、イメージとして家柄的に厳しかったりとか、親からかかる縛りとかプレッシャーみたいなのがやっぱりあるわけですね。そのキラキラした面とは違うもう一面が、現代人にも通ずるところがあるのではないか。自分でも轢かれたレールに沿わないといけない感覚はやっぱり感じていて、そこがプリンセスの状況に近いなと思うんです。その感覚を軸に描いてます。そして、その後、プリンセスがどうなるのかっていうところですかね。
●歌詞の方向性とも同じかもしれませんが、メロディでなく、効果音的な音が曲を印象付けている感覚があります。動画のコメントでもそこを支持する意見があったり。
Kai 効果音は、意識しないと分かりづらいけど、「何か物足りないところで、大切になる音」として使っていますね。入れないと気が済まないのかもしれません。これは自分の曲に共通してるこだわりかなと。基本的に「Splice」などのサイトで日頃から聴いて集めていたりします。そこから曲に合うものを感覚的に入れて試すっていう感じですね。
やはり普通の曲にしたくないのが根底にあって。かわいい系の曲に、普通入れないだろうという効果音を入れてみたりしています。その曲の世界観を考えた時に、多分、こういうパーツがあるとより理想に近づいていく目指してるものを描けてるみたいな感覚です。
「だって私、変われないし・・・」は今まで一番「来たな!」と思ったフレーズ
●ボカロのボイスに関してですが、発表した曲はすべて初音ミクですね。
Kai 初音ミクは純粋に好きだからですね。現状は初音ミクメインでいくと決めてます。プラグインの話もそうなのですが、まだまだ使い方で知らないことが多いと思っています。プラグインをたくさん買って満足したところで、自分の作曲力が上がるわけではないので、まずは自分の実力を上げていくことに興味があります。この環境でどこまでいけるか、できることはやる、と考えています。
もちろん音にとことんこだわるタイプの人や考え方を否定しているわけではなく、ただ自分の中にある価値観の話ですが。
●確かにボカコレなど大勢のボカロPが参加する場で上位にいくとなると、曲自体の力がないと無理そうですよね。
Kai はい、それで言うと。前回(ボカコレ2022秋)1位だったA4さん(楽曲『天使の翼。feat.可不&ゲキヤク【A4。】』)は、楽曲の世界観が頭一つ抜けていた上に、いい意味で流行りをそこまで意識していなく、何か人を引き付ける魅力が詰まっているなと思いました。
●Kaiさんのお話を聞くと、やるべきことを淡々と実行して結果につながった印象を受けています。
Kai 運も正直あったとは思うんですけど。他の人との差別化みたいなところはやっぱり大事だなと思います。特に最近は僕含め可愛い系の曲を作っている人が増えてきていると思っています。そんな時に、“歌詞に一番誇りを持っています”とか、人と違うぞと胸を張って言える部分が一つでもあると、続けるモチベーションになり沢山の人に見てもらえるまで頑張れるんじゃないかと思います。ただ、こんなに早くたくさんの人に聴かれる予定ではなくて、5年やってようやく日の目を浴びるくらいでいいと思っていたんで、焦ったりはしましたけど。
それこそ『さよならプリンセス』を発表した時、ピンク背景で地雷少女みたいな流行りがあったのですが、実は作ってる時は意識していなくて、良くも悪くもたまたまぶつかってしまったんです。なので、“流行りの曲の一つ”となってしまうんじゃないかみたいな不安もありました。結果的には「まあ良かったのかな」と思ってますが。
●「普段は存在しない2つのものが同じ空間に存在し、すごく気持ちよかったり、違う面を見せている」みたいな表現を好んでやられているのかなと思いました。
Kai まさにそうですね。それが創作の面白さかもしれないですね。ただ、ごちゃごちゃの中でも統一感とか上品さ、お洒落さは重要で、そのバランスを意識しながら作ってますね。
●いろいろな表情があるこの曲の中でポイントとなるのはどこでしょうか?
Kai 実際にTikTokで使われてたりしているんですが、「あのだって私、変われないし・・・」のAメロの部分でしょうかね。自分でも作った段階で「サビと同じぐらいの強いフレーズができたな」と感じていました。あのフレーズがすっと出来たので、これを最大限活かしたいなと思って、歌詞で語尾を統一したり強調してみました。
映像も僕が作ったんですが、あの部分だけ吹き出しが出る演出をしています。視覚的にもよりキャッチーにしたいなと作ったら思い通り結構、皆さんに気に入っていただけましたね。個人的に今まで作ってきた中で一番「来たな!」っていうフレーズですね。
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