Text by ケンカイヨシ 企画:Mizuki Sikano
作曲家のケンカイヨシが、ネットカルチャーのシーンで活躍するボカロPなど作曲家の楽曲分析、さらに“ご本人を呼び出して”「合ってますか?」と答え合わせをする連載『この楽曲分析、合ってますか?』が始動。二度おいしい、楽曲分析を堪能あれ。
目次
「この楽曲分析、合ってますか?」始めました
初めましての方は初めまして! エロくてぶっ飛んだ楽曲を書いて生計を立てています、音楽プロデューサーのケンカイヨシです。
以前は出版社リットーミュージックが運営するサウンド&レコーディングマガジンにて『ケンカイヨシの見解良し!』という楽曲評論&プラグインを紹介する連載をしておりましたが、この度同じ会社のplug+(ぷらぷら)にてケンカイヨシの「この楽曲分析、合ってますか?」を連載させていただくことになりました!
話題になったネット・ミュージックの音楽プロデューサーを取り上げて「ケンカイの音楽的見解を述べては本人をわざわざ呼び出し答え合わせをさせていただく!」という、個人的で、学術的で、道楽的?……やたらと僕が楽しい連載です。(plug+ディレクター鹿野さん……ありがとう)
さて第一回目は、Billboard VOCALOID Chartで“13週連続1位”という破竹の勢いで大ヒットを遂げている、原口沙輔「人マニア」を取り上げてみましょう。
原口沙輔「人マニア」を解説
まず原口沙輔は、トラックメイカー、音楽プロデューサー、作編曲家で、以前はSASUKE名義で活動していた。「人マニア」は『ボカコレ2023夏』のタイミングで投稿され、そのアレンジ構成やサウンドの先進性で2023年話題を集めている楽曲。
「人マニア」研究① 奇矯で脈絡の無いサンプルはグリッチ・ハウスの影響か?
「人マニア」は、二次元と三次元を自由に行き来するMV、スキマだらけなのに妙にキャッチーな楽曲、ともに中毒性が高い大傑作ですが、最大の特徴はSEの使い方でしょう。
奇矯で脈絡の無いサンプルが数小節ごとに挿入されるサウンドスケープは、一見支離滅裂ですが、しっかりとグルーヴに接合され、それぞれがキック、ヒット、ハイハット、などドラミングに応じた役割を与えられています。
真っ先に浮かべたのは、ゼロ年代初頭に一世を風靡したグリッチ・ハウスの名曲、Akufen(アクフェン)「Deck The House」でした。この会話、カートゥーンの効果音などをリズミカルに並べていくことで、独特な音像を表現する方法論自体は、20年以上歴史がある古典的なものなのです。SEでトリップしていく脳汁展開と楽曲のレイヴ感などは、Basement Jaxx「Plug It In (feat. JC Chasez) 」にも近いと思います。
イントロに登場するギターリフは、近年のボカロヒット曲に準拠しているような気もしつつ、テケテケ感が1960年代のサーフ・ロックというか、ザ・ベンチャーズ「Diamond Head」をほうふつさせる気がします。
「人マニア」研究② サビのスクエアな縦ノリへの展開はYMOの影響?
トリッキーで難解、オフビートなBメロを経るからこそ、完全にスクウェアな縦ノリに移行するサビの気持ち良さが際立つわけですが、この縦ノリ×ほんのりジャズ・テンションを感じさせるコード感は、Yellow Magic Orchestra(以下、YMO)「Technopolis」のサビのグルーヴを感じます。(教授の影響がやはり強いのかな?)
4つ打ちで進んでいくのに、1:57からのアウトロでハイパーポップ × トラップ的変則ビートが一瞬入るのは、“ビリー・アイリッシュ「bad guy」”を意識したのでは!?と思ったりしました。39秒からの「フォー!フォー!」というサンプルは、世界中でサンプリングされまくる超有名な古典、Lyn Collins「THINK(about It)」でしょうか? 6秒からの「Drop It!」というラップサンプル、やたらとけばけばしいヒット音は、1980年代半ばのエレクトロ・ヒップホップAfrika Bambaataa & The Soulsonic Force「Planet Rock」の伝統を感じさせます。
伝統に忠実でありながら新ジャンルな「人マニア」
「人マニア」は皆さんにとって、きっと“聴いたことのない新ジャンルのヒット”という印象を与える曲だったと思いますが、要素を分解すると実はヒップホップ/テクノ・ポップの伝統にかなり忠実であることがお分かりいただけたのではないでしょうか。
ところで先ほど引き合いに出した大御所YMOは、それまでの音楽ジャンル(ファンク、ロック、レゲエなど)で必須要項だった“人間によるグルーヴ感”を排し、シーケンスに正確すぎる近未来的な演奏により世界で注目を浴びました。しかし、その楽曲の根幹にあったのは和の情緒。先進性のある要素だけでなく、シンプルで東洋らしいメロディラインが当時の人々の心を打ち抜いたわけです。
“新しい文化を届けるためには伝統的な表現の忠実性を程良くミックスする必要がある”という教えにもつながるのですが、「人マニア」で原口沙輔は、難解で不規則な表現だけでなく、サビを縦ノリにしてシンプルなメロディを入れ込んだりとキャッチーでシンプルに聴こえるような工夫も施しています。そしてそこに、重音テトというボーカロイドも重ね合わせた。
そういった “斬新さの裏側で伝統にとても忠実な音楽スタイル”である上に、“シンプルでキャッチーであること”が、原口沙輔「人マニア」ヒットの理由だろうと結論付けます。
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