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上達のヒント

文:ぱりぱりさらうどん
編集:濱田侑佳(plug+編集部)

はじめに

 はじめまして。ボカロPのぱりぱりさらうどんと申します。本稿は、楽曲コンテスト『FEAT CONTEST 2024』にて「plug+賞」をいただき、そのプライズとして執筆している連載『ぱりぱりさらうどんと巡るボカロの世界』の第三弾になります。もしよろしければこの記事を読む前に、第一弾第二弾の記事も読んでいただけるとうれしいです。

 これまでの連載では、ボーカロイドを使った音楽制作の幅広い可能性について、具体的な楽曲を取り上げながら考察してきました。今回は少し趣向を変えて、ボーカロイドのコンピレーション・アルバム(通称:コンピ)に注目してみたいと思います。

 ボカロのコンピレーション・アルバムには、特定のテーマやジャンルに沿ったもの、独自の縛りを設けたものなど、多種多様なタイプがあります。さまざまなクリエイターが集まり、多彩な個性が一枚の円盤に集まることで生まれる魅力とは何か。今回は、私が特に好きなコンピレーション・アルバムと、その面白さを紹介していきます。

同じコードでも音楽は無限大! コード進行統一コンピ

 最初に紹介するのは、コード進行統一コンピというコンピレーション・アルバム・シリーズです。2021年から定期的に企画されているこのコンピでは、毎回コード進行を統一し、その進行に沿って各ボカロPが自由に楽曲制作をします。例えば、同シリーズの第四弾アルバム『ADdictive Game Center』では 、Am、Dm、G、Cというコード進行をもとに、さまざまな楽曲が生み出されました。アルバム名にコード進行のアルファベットが組み込まれているところも、遊び心があって魅力的です。

 コード進行は、楽曲の印象を大きく左右する重要な要素。同じコード進行を使うことで統一感が生まれている一方、メロディやアレンジなどでそれぞれのボカロPの個性が際立ち、一つのコード進行が多彩な表情を見せているというのが、このコンピの面白さです。ロック、EDM、ポップス……と、ジャンルを超えた楽曲が一つのコード進行の上で展開される様子は、圧巻の一言。また、コード進行統一コンピでは、新たなアルバムのリリース時に前作の楽曲を参加ボカロP同士で相互リミックスしたアルバムを同時発売することが恒例になっています。このリミックス・アルバムは即売会場限定のレア・アイテムで、参加ボカロPたちの個性がさらに際立つ作品に仕上がっています。

 “同じコード進行だから似たような曲になるのでは?”と思うかもしれませんが、むしろその逆。同じコード進行を通じて生まれる多様な表現の妙を、ぜひ体感してみてください!

“最強のひとり”たちが集うコンピレーション・アルバム『全部俺 創刊号』

 ボカロPが楽曲を発表する際、音楽だけでなく映像の制作も必要になります。多くのクリエイターがMVイラストや動画編集を外注する中、音楽/絵/映像のすべてを自分一人で手掛けるーーそんな”全部俺”なクリエイターたちが集うサークル、それが全部俺です。そして、同サークルの第一弾コンピレーション・アルバムが『全部俺 創刊号』

 ボカロのコンピには、特定のテーマがあるものや共通点を持つクリエイターが集まって制作したものがありますが、本作もまさにその一例。『全部俺 創刊号』では楽曲とともに、歌詞や制作にまつわるQ&A、さらには多数のイラストや漫画が同梱された特製ブックレットも制作されています。音楽だけでなくビジュアル表現にもこだわり抜くクリエイターだからこそ生み出せた、豪華な一冊です。 

 またCDやブックレットのデザインは、コミック誌をオマージュした遊び心あふれる仕上がりに。『全部俺 創刊号』には、ラブコメ、スポーツ、バトル……など、まるでさまざまなジャンルの物語が一冊に詰め込まれたコミック誌のように、個性豊かな楽曲が並びます。普段は孤高の”全部俺”なクリエイターとして活躍するボカロPたちが一堂に会し、それぞれの個性をぶつけ合うこのアルバム。ジャンルも表現方法も異なる彼らが織りなす、唯一無二の化学反応をぜひ体感してみてください。

まだ知らないテトがいる『ウソのつきかた』

 音声合成ソフトの重音テトを使用した楽曲のみで構成されたコンピレーション・アルバム、『ウソのつきかた』。重音テトには、UTAU版と、近年登場したDREAMTONICS Synthesizer V版の二種類が存在します。本作にはその両方のテトが登場し、それぞれの魅力を存分に引き出した楽曲が並びます。UTAU時代からテトを愛してきた人も、新たなSynthesizer V版に魅了された人も、どちらも楽しめる一枚になっています。

 テトは元々エイプリル・フールのウソとしてネット掲示板で制作されたキャラクターですが、その歌声は長年多くのクリエイターに愛され、さまざまな楽曲に命を吹き込んでいます。『ウソのつきかた』では、そんなテトを軸にしながら参加ボカロPたちの個性がぶつかり合い、テトという存在を多面的に表現する試みがなされています。

 また本作のように特定の音声合成ソフトやボカロ・キャラクターに特化したコンピレーション・アルバムは、TECHNO-SPEECH VoiSona 知声をフィーチャーした『知声の輪っか』や足立レイを取り上げた『レイトショー』など、ほかにも数多く存在し、音声合成ソフトのシーンを彩っています。あなたがまだ知らない音声ライブラリと出会う可能性を広げてくれるコンピも、きっとあるはず。ぜひ、あなたの興味のある音声合成ソフト特化のコンピレーション・アルバムを手に取って、その世界に飛び込んでみてください。

知らない誰かの、見慣れた風景へ。『わたしのまちLP』

 『わたしのまちLP』は、参加ボカロPが“思い入れのある特定の街”をテーマに楽曲を制作したコンピレーション・アルバムです。ただの“まち”ではなく、“わたしのまち”。 

 生まれ育った故郷、青春を過ごした街、あるいは、今この瞬間を生きている街。それぞれのボカロPが自分自身の記憶と風景に向き合いながら、かけがえのない場所を音楽として表現しています。

 同アルバムに付属する歌詞カードのQRコードには、各クリエイターが楽曲で取り上げた街をどう見ているのか、楽曲にどのような思いを込めたのかといったエピソードや、その街の風景の写真などが収録されています。それは一人一人の作家がつづった、音付きの小さなエッセイ集のよう。私たちはこの作品を通して、誰かの記憶の中を旅しているような気持ちになります。

 決して自分の知っている街ではないのに、なぜか懐かしさや切なさを覚える、そんな不思議な感覚。知らない街の住宅街を歩いたときにふと感じる、どこかの誰かの生活を垣間見るような気持ち。見知らぬ景色の中に“誰かの当たり前”が息づいていることに気が付いたとき、私たちはその場所の風景とそこにある物語に自然と引き込まれていきます。

 その街には、その街だけの香りがある。どの家も、どの窓も、そこに住む人にとっては当たり前の日常で、私たちには一つとして触れられない遠い物語。

 でも、だからこそ、覗きたくなる。歩いてみたくなる。このアルバムを聴いたあと、きっとあなたも、実際にその街を訪れてみたくなるはずです。

音と無音のあわいに『静寂』

 静寂。それは一般的に、音楽とは相反する概念だと思われています。しかし、このコンピレーション・アルバム『静寂』では、そんな“静けさ”をテーマに、ボカロPたちがそれぞれの解釈で音を紡ぎ出しています。

 本作の特徴は、エレクトロ・サウンドを基調としながら、それぞれのボカロPが“引き算の音楽”に挑戦している点です。シンセの余韻、深く沈み込む低音、微細なノイズまでもが緻密に計算され、音の間に宿る美しさが際立ちます。ディレイやリバーブを巧みに駆使し広がりを持たせながら、余白を持たせる楽曲。音数を極限まで削ぎ落とし、研ぎ澄まされた一音一音が心に響く楽曲。不意に訪れる無音が、強烈なインパクトを生み出す楽曲。

 “静けさ”と“音楽”という、通常、対照的に捉えられる要素が交わることで、独特の緊張感と美しさが生まれている本作。共通するのはどの楽曲も、無音の瞬間すら音楽の一部に思えるというような、音のない空間にまで意識が向けられているという点です。

 そんな不思議な体験を味わえる『静寂』。ぜひ、あなたの耳で、その空間を感じてみてください。

音声合成が切り拓く、新たなポップスの地平 合成音声のゆくえ

 インターネット・レーベルのゆくえレコーズから2023年に第一弾がリリースされて以来、注目を集めるコンピレーション・アルバム・シリーズ、合成音声のゆくえ。このシリーズはボカロ・ポップスが軸になっており、参加クリエイターたちはボーカロイドをはじめとする音声合成ソフトを使用した音楽表現がどこまで発展できるのかを探りながら、新たなポップスの形を提示し続けています。   

  合成音声のゆくえでは参加者それぞれが思い描くポップ・ソングを制作し、カラフルできらめくサウンドを展開している。一方でさまざまなポップ・ソングの形を提示することによって、ポップ・ソングの概念を大胆に再構築しており、それが独特な世界観を持つ作品としての魅力につながっているのだと思います。

 ボカロ・シーンの多様性や可能性を象徴する楽曲が揃い、聴くたびに新たな発見がある本作。何が飛び出すか分からない、予測不能なサウンドにきっとあなたは翻弄されるでしょう。このワクワク感は、同シリーズのクロス・フェードを聴くだけでも十分に伝わるはず……!

 音声合成ソフトが持つ可能性の追求、ポップスの流動性、それらはやがて最先端をも超え、新たな音楽の未来へと突き抜けていく。

最後に

 ここまでご紹介してきたように、ボーカロイドなどの音声合成ソフトを用いたコンピレーション・アルバムには、テーマや縛り、そして参加するクリエイターたちの個性によって、一枚ごとにまったく異なる世界が描かれています。それぞれの作品には明確なコンセプトと熱意が込められており、聴くたびに新しい景色や物語に出会える。これが、コンピレーション・アルバムの魅力です。

 中にはすでに完売してしまった作品もありますが、多くはサブスクリプション・サービスなどで気軽に楽しむことができ、現物が手に入らなくてもその豊かな音楽世界に触れることができます。

 今回ご紹介したアルバムの中で、一つでもあなたの心に残る作品が見つかったらうれしいです。そして、そこからまた別の作品へと、音楽の旅が連鎖していくことを願っています。気になった一枚からで構いません。どうか、あなたのペースで、ボカロ・コンピレーション・アルバムの奥の深いカラフルな世界を、存分に楽しんでください。

歌を超えて声を超えて文化として響くボーカロイド/ボカロP ぱりぱりさらうどん/『FEAT CONTEST 2024』plug+賞 連載①
あなたの知っている“初音ミク”はあなたが作り上げた“初音ミク”/ボカロP ぱりぱりさらうどん/『FEAT CONTEST 2024』plug+賞連載②

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