取材・文:濱田侑佳(plug+編集部員)
2024年7月に投稿した、セクシーな低音ボイスとかわいらしい歌詞の掛け合わせが魅力的な「モエチャッカファイア」がYouTubeで4,800万回を突破するほか、今年2025年8月にはワンマン・ライブを開催するなど、目覚ましい活躍を見せる音楽家、弌誠。
今回彼に「モエチャッカファイア」、「あられやこんこん」を中心に、音楽制作で大事にしているポイントなどを聞いた。
弌誠X:https://x.com/tyih_1950
YouTube:https://www.youtube.com/@tyih
目次
弌誠の音楽制作の起源はボカロ
ー弌誠さんは何のDAWを使っていますか?
弌誠 PRESONUS Studio Oneです。作曲を始めた高校生のころからずっと使っています。
ーお気に入りの機能はありますか?
弌誠 使ってないプラグインを勝手にオフにしてくれる“プラグインのスリープを有効化”という機能です。この機能が使えるようになってからパソコンが固まることも少なくなり、僕は最強になりました。あと名前が好きです。僕の名前には“弌(One)”が入っていて、Studio Oneにも“One”って付いているので、テンションが上がります。
ーStudio Oneを手にした経緯は?
弌誠 YAMAHA VOCALOIDを購入したところ、付いてきました。購入したボイス・バンクは、初音ミクちゃんのものです。
ーボカロPをやっていたことがあるのですか?
弌誠 高校生のころにVOCALOIDを少し触っていました。ボカロ曲は中学生のころから好きで、高校のころにはバンド・メンバーの影響もあってより好んで聴くようになって。“バンド以外でも音楽をやりたい”と思っていたので“ボカロ曲を作ってみよう”と、VOCALOIDを購入しましたね。
ー初めて好きだと思ったボカロ曲は?
弌誠 40mPさんの「恋愛裁判」です。中学生のころに片思いをしていた女の子が好きだと言っていて、同じ話題が話せたら良いなと思って聴きました。もちろん曲自体もかわいくて好きでしたが、好きな子が好きということで、盲目的に聴いていましたね。
ーキュンとするお話……。それからどんどんボカロ曲を聴くように?
弌誠 そうですね。何ならボカロ曲を聴いていくうちに、その女の子よりもボカロが好きになっちゃって(笑)。後にwowakaさんとかハチさんなどのバンド・サウンドが格好良いボカロ曲も好きになって、その音にあこがれて軽音楽部に入った節もあります。
弌誠の使用ギター
ー弌誠さんはいろいろな楽器を高い技術力で演奏しますよね。最初は何の楽器から始めましたか?
弌誠 中学生のころに、アコースティック・ギターを弾き始めました。その後は音楽制作の手段を増やすためにベース、ピアノなども練習していって。本格的に楽器演奏を始めたのは高校の軽音楽部に入ってからで、APPLE Garage Bandを使って好きな楽曲の完全再現などをして、楽器と打ち込みの練習をしていました。
ー初めて弾いたアコースティック・ギターは?
弌誠 中学生のころに友達がゴミ捨て場で拾ってきた、名前も分からないギターです(笑)。小さいころから木の棒などを拾って遊ぶのが好きだったので、その要領で拾ったギターでも遊び始めました。高校生になってGIBSONのJ-45 Cutawayを購入し、今も使っています。
ーそのお友達が拾っていなかったらギターに出会ってなかったかもしれないと考えると面白いですね。
弌誠 そうですね。僕が音楽に触れるようになったきっかけって、外的要因が多いかもしれないです。
ーエレキ・ギターとエフェクターは何を使っていますか?
弌誠 凛として時雨のボーカル、TKさんのシグネイチャー・モデルのSCHECTER PA-LS / TKです。エレキギターを弾きたいと思ったきっかけが凛として時雨の曲ってくらい好きで。ピックアップにはSCHECTERのMonster Tone J TPが使われていて、重くて太い音が鳴るんです。エフェクターはROLAND Boss GT-1ですね。どちらも買ってからずっと使っています。
ーDAWも楽器も、最初に手に入れたものが相棒なのですね。
弌誠 一途なんです。あとはいろいろなギターやエフェクターの音を聴いて“今あるものでこの音に近付けるにはどうしたら良いか”ということを考えるのが好きなんですよね。初期装備で頑張っている感じが、活動していて気持ち良いというか。
ーということは、プラグインも買ったりはしない?
弌誠 そうですね。Studio Oneの内蔵音源のみを使用しています。その代わり中身はとんでもないことになっていますよ。コンプレッサーを3、4個重ねて、その間にEQをめっちゃ入れて、波形も変えまくって……みたいな。シンプルなセットから、技術で音を錬成していく過程が好きです。
制作の原動力は“人を驚かせたい気持ち”
ー弌誠さんの作品は、例えば「モエチャッカファイア」では歌詞の内容と歌声のキャラクター性にギャップがあったり、途中にメタル調の箇所があったりして、人が驚くような仕掛けをするのが好きなのかなと思うのですが、いかがですか?
弌誠 その通りです。僕は“人を驚かせたい”という気持ちが制作の根幹にあります。ホラー映画のような驚かせ方ではなくて、人が嬉しくて笑顔になってくれる面白い仕掛けというか、サプライズのようなことができたらなと常々思っています。皆さんが赤ちゃんのころって“いないいないばー”を誰かがしてくれたら、喜んでいたじゃないですか。上手く言えないけど、そういうことがしたいんです。
ー楽曲に仕掛けるサプライズというのは、どのように発想していますか?
弌誠 歌詞について言うと、今まで人と会話してきて“何がウケたかな?”ということを思い出して作詞しています。例えば“あっぷっぷってやったら喜んでくれてたよなあ”とか、そういった経験を上手く歌詞に入れ込んでいく。サウンド面で言うと、今まで僕を楽しませてくれた押すとパフパフと鳴るおもちゃの音とかをサンプリングしています。感謝を込めて。
ーそもそも、楽曲制作のインスピレーションはどのようなところから得ていますか?
弌誠 例えば映画だったり、音楽だったり、誰かの作品から着想することが多いですね。自分の経験から何かを作るというよりかは、 他の人が作ったものの二次創作のような感じで制作しています。
ー作品の主人公に成り切って作品を作るということが多かったり?
弌誠 そうですね。例えば「モエチャッカファイア」は、エレンちゃん(エレン・ジョー)のイメージ・ソングとは言いつつ、僕は心の中でメイド服を着て、彼女の気持ちで作っているんです。幼稚園とか小学生のころって、好きなキャラクターに成り切るようなごっこ遊びをしたじゃないですか。その楽しさが今でも記憶に残っていて、それをして主人公に成り切ると、自然と作りたいものが浮かんでくるんです。作りたいものが増えると、やりたいことも増えていって。
ー今ある実力から作れるものを発想するのではなくて、キャラクターに成り切って発想されたもののために努力をするから、弌誠さんはいろいろな楽器演奏ができるようになっているのですね。
弌誠 本当にそうかもしれません。できることが増えるというのは、やっぱり誰かを喜ばせる手段の幅が広がるということにもつながりますし。
「モエチャッカファイア」制作の裏側
ー「モエチャッカファイア」はゲーム『ゼンレスゾーンゼロ』の登場キャラクター、エレン・ジョーのイメージ・ソングということですが、彼女の魅力は?
弌誠 気怠げな雰囲気と、今にもメイド喫茶を飛び出しそうな読めない感じがあるところですかね。あとは、急に“今日は旅行に行ってきます”みたいな書き置きをしてどこかに行ってしまうんだけど、無言でどこかに行くのではなくて、“今日は居ないです、サボります”ということをきちんと伝えて出ていく。“そこは守るんだ”みたいな、変に律儀なところも好きです。
ー彼女の性格に惹かれているのですね。
弌誠 見た目ももちろん好きですけど、やっぱり中身が一番。ただ見た目が本当にかわいいので、前提として“かわいらしさが伝わるような楽曲にはしたい”というのはマストで作りましたね。
ー「モエチャッカファイア」は、例えばAメロでは硬質でタイトなリズム感のオケに<萌萌>などのかわいらしい歌詞が乗せられていて、それが超低音ボイスで歌われることで生み出される“ギャップ萌え”がリスナーの心をグッと掴んでいる一つなのかと思うのですが、いかがですか?
弌誠 ありがとうございます。この曲に限らず、ギャップを作るというのはすべての制作で意識していることではあるのですが、今回はエレンちゃんのキャラクター性との相性がとっても良くて、多くの人に刺さったんだと思います。
ーギャップ作りというのは、人を驚かす面白い仕掛け作りの一環であったり?
弌誠 その通りです。ただ今回は、Aメロの部分だけでは聴いた印象が“低い声で萌え萌えって言う曲なんだ”で終わってしまうと思ったんです。だからサビはお洒落な普通のJ-POPみたいな展開を作って、聴き手の耳に残りやすくしたんですよね。二重……いや三重、四重でギャップみたいな。
ー楽曲の後半にはメタル調な部分もあって、これもまたびっくりしたポイントでした。
弌誠 その部分も自然に、違和感なく聴けるように編曲していきました。これは、アレンジしてくださったnecchi(ネッチ)さんのご協力があったからこそなんですけど。
弌誠が尊敬する音楽家、necchi
ーnecchiさんとはどういった制作の話し合いをしましたか?
弌誠 そこまで綿密には話していなくて。“こういう曲にしたいです”とざっくりリクエストを送って、返ってきたものに声を入れて……という風に、あまり計画せずに進めました。
ーnecchiさんとは元々知り合いだったのですか?
弌誠 necchiさんは、僕がとてもリスペクトしている方なんです。ご一緒できて本当にうれしかったです。
ーnecchiさんの音の魅力は?
弌誠 とにかく、美しい。曲でいろいろなことをめちゃくちゃにやるんですけど、最終的には美しか残っていないんです。例えばですけど、ヘンテコな筆とすごく汚い泥で絵を描いているのに、出来上がった作品はゴッホの絵のように神秘的で美しい、みたいな作品作りができる人。だからいかに僕が汚れ役になって、necchiさんの音の美しさを引き立たせるかということも意識していました。
ー汚れ役、というのは?
弌誠 僕、動画のコメント欄で“声キモい”って書かれるんです。ただ自分でも、聴いていて心地良い声ではないと思っていて。necchiさんから上がってきた美しいオケを聴いて、そこにただ奇麗なメロディーを乗せるんじゃなくて、“逆張りで何か汚いものを組み合わせたい”と考えたときに、“僕の個性的な声を生かした低音で歌おう”って決めたんです。それが、汚れ役をしたという意味です。そっちの方がnecchiさんの美しさも、僕の暗いメロディーや歌声も、お互いが引き立つと思いました。
ー弌誠さんにとってnecchiさんの音は、光のような存在だったりしますか?
弌誠 そうですね。YouTube上に僕だけで作った「モエチャッカファイア」が上がっているんですけど、それはもう本当にやる気のないサウンドで。エレンちゃんは、ただただやる気のないダウナーな人ではないので、necchiさんみたいにすごくパワフルで光を感じる方にアレンジを頼んで、彼女の魅力をサウンド面でも伝えられるようにしたんです。
ー逆張りの発想も、サプライズ作りの一環のように思います。
弌誠 僕はやっちゃいけなさそうなことをするのがめっちゃ好きなんです。例えば何かの面接とか、かしこまった場所で“いきなり大声を出したらどうなっちゃうんだろう”って人生で一度は考えるじゃないですか。 そういった、普通やってはいけなさそうなことを曲でやる。誰かに怒られない程度のサプライズとして。
「あられやこんこん」は動物の鳴き声をイメージして歌唱
ー「あられやこんこん」はゲーム『ゼンレスゾーンゼロ』の登場キャラクター、星見雅のイメージ・ソングということですが、彼女はどのようなキャラクターですか?
弌誠 雅さんは側から見ると真面目そうなんですけど、エレンちゃんみたいにめっちゃ仕事をサボるんですよね(笑)。会議をほったらかして買い物に行ってしまったりして。僕はそういった、見た目からは想像できないようなことをするキャラクターが好きなんです。
ー笛や鈴などの和をほうふつとさせるような凛とした音と、重厚なバンド・サウンドが混ざり合い荘厳な雰囲気を醸し出していて、何か壮大なものに果敢に立ち向かう主人公を想像しました。それは、星見雅の生き様を表現していたり?
弌誠 まさにその通りです。雅さんの勇ましい生き様もそうですし、加えて圧倒的な強さも表現したかったんです。彼女はゲームの中でもトップ・レベルで強いキャラクターなので、あからさまに強力な感じも出そうと思いました。
ー星見雅は狐の耳が生えていますよね。イントロの<コンコン>という歌詞は、狐の鳴き声がモチーフですか?
弌誠 そうですね。あとは、雅さんが氷に近い“霜烈”という属性なので、雪が降るときの“こんこん”という擬音からも取っています。“こんこん”って、“もっと降れ”という願いの意味もあるんです。そこで雅さんの名字の“星見”から連想して、流れ星が流れていて、もっと降れと願うというような歌詞も入れています。
ー古い言い回しでも理解しやすい、美しい日本語の歌詞ですよね。こういった言葉選びをした理由は?
弌誠 雅さんの衣装って、ネクタイを締めた洋風の制服の上に和風の羽織を着ていて、完全な着物ではないんです。見た目のイメージをそのまま楽曲にしたいという思いがあったので、あからさまに古典のような難しい日本語を使うというよりかは、昔話の『桃太郎』で使われるような、今っぽくもあり古めかしくもある日本語を使おうと思いました。
ーサウンドにメタル的なニュアンスが入っている意図は?
弌誠 まず一つ、僕もnecchiさんもメタラーというのがあります。あとは雅さんの和洋な衣装をサウンドにも落とし込みたかったので、西洋の音楽をベースにし、サビでは和太鼓を鳴らすなどして、和と洋を融合させようとしました。
弌誠は歌の練習方法は“声真似”
ー「あられやこんこん」のサビでは気迫のこもったハイトーン・ボイスを聴くことができ、歌詞の内容も相まって、主人公の何か悲痛な叫びを聴いているかのようでした。
弌誠 その通りのことを表現しようとしました。僕は人間の叫び声より、動物の悲しそうな鳴き声の方が、聞いて胸が痛くなるんですよね。だから動物の遠吠えをイメージして、叫ぶような感じで歌いました。
ー「モエチャッカファイア」とはまた違った弌誠さんの歌声の魅力ですよね。低い声や高い声を出すために練習したことは?
弌誠 低い声は、元プロレスラーの天龍源一郎や声優の津田健次郎さんなど、声の低い方の声真似をして練習しました。「あられやこんこん」の高音はさっき言ったように動物の鳴き声をイメージしていたので、YouTubeで動物の鳴き声集などを視聴して、壁に向かって真似してみたりしましたね(笑)。
ー人間から動物まで、いろいろな声真似をして歌の練習をしているんですね。
弌誠 そうですね。これも、何かに成り切るという話につながってくるのかもしれません。これからも誰かを驚かせられるような音楽表現に挑戦していきたいです。
ー最後に!2025年8月に初のワンマン・ライブ『チャイルドレストラン』をLIQUIDROOMとZepp Shinjuku (TOKYO)で開催しますが、どのようなライブにしたいと思っていますか?
弌誠 日本で一番良いライブ。タイトルの通り“レストラン”なので、何が出てくるか分からない、何が起きるか分からないような、楽しいライブにしたいです。
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