企画/編集:Mizuki Sikano
作曲家のケンカイヨシが、ネットカルチャーのシーンで活躍するボカロPなど作曲家の楽曲分析をして、さらに「合ってますか?」と本人に答え合わせをする新連載『この楽曲分析、合ってますか?』。
初回は、「人マニア」のヒットで注目を集める原口沙輔が登場。後編です。
原口沙輔が解説する「人マニア」
原口沙輔×ケンカイヨシ 対談インタビュー
ー前編では、2000年代ハウスや音MADからの影響を語っていただきました。ケンカイさんはYMOの影響もあるのではと考えているのですよね。
ケンカイヨシ(以下、ケンカイ) 俺は“沙輔の聴いてきた音楽の非常に根源的なところ”っていうのを知っているので、それが「人マニア」のサビですごく出てるんじゃないかなって思ったんだよね。それがYMOのことなんだけど。
ビートのグルーヴは「Technopolis」のようで、ジャズを感じさせる複雑なコード感は「東風」とか「Rydeen」みたいな。基本は、IV-III-VIの原型のアレ(丸の内サディスティック進行)だと思うんだけど、細かいところの“ポリエステル仕事はムリか”のところ、コードとかも実はすげえ複雑というか、あんましない動きをしてるよね?
原口沙輔(以下、沙輔) コードネームを知らないので言いづらいけど、コード感については頭をオーギュメントから始めていたり、“ポリエステル仕事はムリか”のところは単純な半音下がりじゃなかったりします。
ケンカイ あそこら辺のねじくれた音に、めっちゃ教授(坂本龍一)を感じた。
沙輔 それは嬉しいですね。坂本龍一は人生の中で一番本当に尊敬していて目標にもしていたから。実際それが出ているのだとしたら、間違いないと思います。あとリズム的な部分は、結局日本人は縦ノリが好きなんじゃないかなって。結局、みんなが好きなのって「ソーラン節」だよねって。
日本人として縦ノリを本気でやってみた
ー前編で話題に出ていたMADも縦ノリの文化と言えるかもしれないですね。
ケンカイ 確かに。
沙輔 音MADのリズムの取り方についても、日本人の方が上手なんじゃないかと思うんですよね。
ケンカイ ゲーム音楽とかも、基本縦だもんな。俺、作曲家になりたてのころ、Jディラ的なすごいリズムのヨレとかタメとか研究したけど、やっぱり限界を感じて。それにローファイ・ヒップホップとかでひたすら揺らしても、やっぱ日本だとどこまで行ってもローファイ・ヒップホップは勉強中のBGMを超えていかない感じがする。
沙輔 何なら、ローファイ・ヒップホップって最近ヨレないですよね。日本は海外で流行したノリをやっちゃうからたまに横ノリが流行するけど、“日本人は、日本人の持ってるノリを本気でやっていかないとな”っていう思いがあって、僕はそういうのを意識するようにしています。
ー日本のノリを本気でやるって考えが「人マニア」にも反映されているんですね。
沙輔 というのもあるし、あとはMADの一番盛り上がるところに入ったタイミングでグッと来る感じを、再現したかったんですよね。絶対にノリを崩さないままにサビに入るためには、Bメロで一旦ノリを崩してガッと勢いで入った方がいいという結論になり、縦ノリが一番勢い付くなと。だからサビの部分では、メロディに対して最適なビートとして縦ノリを選んでいます。
ケンカイ ラスサビのキメ(<ビバ良くない!ただ>ンダダダ)とかっていうのは、あれは直感……?
急なキメはブラクラからインスピレーションを得た
沙輔 サビができた時点で2番を作っていて、ラスサビでキメを作ろうというのは考えていました。普通あのタイミングでピアノが出てきたらサビ一つ丸々それでいくと思うのですが、それを行かないっていうのをやりたかったんです。また戻っちゃう。
ブラクラ(ブラウザクラッシャー)をやりたかったんです。変なサイトをクリックしたらグロ画像とか出てきて、めちゃくちゃ叫び声がするとか。そういうちょっとビックリしちゃう要素みたいなのを入れたくて、急なキメとか、急にうるさい音とかっていうのをやってるんですよ。
ケンカイ 1980年代のエレクトロをすごく感じて、アフリカ・バンバータはYMOに影響を受けて「Planet Rock」を作ったなんて言われているけど、やたらケバケバしい音を使う感じとか、ROLAND TR-808が鳴っている感じの全体的に1982年くらいのヒップホップを感じた。
沙輔 それは狙いじゃなくて結果ですね。狙いで言うとベース・ミュージックの、結局それも誇張みたいなところがあって。ビルドアップでダダダダって盛り上げて、サンプルで何か言わせて、ダーンってドロップに入るじゃないですか。でも「人マニア」はビルドアップを何回もやっているのにドロップが来ない。その代わり、その欲を別のもので消化してもらう曲になっている。だから、ダブ・ステップの誇張みたいなことをした結果、昔そういうことをやってた人たちに近くなったのかもしれない。
ケンカイ 俺はルーツのルーツの話をしてるのかもしれない。ベース・ミュージックもルーツに戻ったらマイアミ・ベースとかに行くわけで。あとアウトロで「bad guy」の感じは意識しましたか?
沙輔 意識してないんですよ。あれもブラクラがやりたかっただけで。
ケンカイ マウスでちょっとでも触れちゃったらアウトみたいなゲームの難しいステージで、めっちゃ集中してやってたら、最終的にめっちゃ怖いグロ画像みたいな顔が出てきて、「ギャー!」って大音量のアレが鳴るっていうのをやって、俺「キー!」ってなった。
沙輔 イライラ棒みたいなね。そういう理不尽さって、今でも覚えてるじゃないですか。そういうところを表現してます。最後にちょっと自己紹介じゃないですけど、めちゃくちゃ自分の趣味のサウンドをやりたかっただけっていう感じです。
伝統の形式ではなく魂を引き継ぎたい
ケンカイ “伝統に忠実でありながら、新ジャンルな「人マニア」”っていうところで、俺も色々書いたんだけど、新しいジャンルとして成功するアーティストなり音楽っていうのは新時代の怒りを表現してると思う。
沙輔 僕が好きな映画で、何かの音楽ジャンルの創世記が語られる作品があるんですけど、そこでアーティストが年配の音楽関係者の方に「あなたがザ・ビートルズを聴いている時代に親父がクラシックを聴いているのを何だと思ってた? それにお前はなってるよ」って台詞を言うんです。それがすごく好きで。結局リスナー側は代弁者を求めているっていうのが描かれている。
ケンカイ 「人マニア」は今年一番、そういう代弁がされていたと俺は思う。
沙輔 やるんだったら“テロ的なことの方がいいな”とは思ってました。
ー沙輔さんが新しいポップスの形を作るために、ボカロを使った理由は何でしたか?
沙輔 単純に、僕がもうポップスを歌いたくなくなったっていうのもあるかもしれないですね。ずっと同じことをやってると、本当に甘えになっちゃう。ちゃんと代謝をしていかないといけないっていう気持ちがありました。
ー重音テト(以下、テト)ちゃんにしたのは?
沙輔 仲が良いボカロPの方にめちゃくちゃ布教されて、キャラクター性を理解したときに、“自分とすごい親和性があるな”と思って選びました。ボカロの中でもテトの曲ってそこまで曲数が多くないので、“なにくそ”と思ってそうだなと。
ケンカイ 「人マニア」には反骨精神が流れているよね。これまでのボカロ曲でもそれをやってきた曲はあるけど、それとは音楽スタイルが違う。例えば、wowakaさんの「裏表ラバーズ」や、れるりりさんの「脳漿炸裂ガール」とか、早口でまくしてたるような曲になってる。
ーボカロの伝統芸みたいな要素が「人マニア」にはないということですよね。
ケンカイ 「人マニア」はちゃんと新時代の怒りを込めて伝統の踏襲をするということをしているから、伝統の最先端として尖ってるなと思う。俺が若いときにはあれがすごく新しかったけど、今それをなぞっても一昔前のボカロの代名詞をパクってるだけになっちゃうから。
沙輔 伝統を引き継ぐって考え方は、逆にそれが反逆的だと思うんです。YMOが流行ったからってYMOみたいな曲を作って発信しても、それってYMOがそのときに思ってた“新しい音楽を作ってやる”っていう気持ちには反してるじゃないですか。だから、引き継げてないんですよね。
ケンカイ 今は1970年代じゃないしね。
ー伝統を引き継ぐことは伝統を大事にすることにはならない。新時代の感覚を込めなければ、とお二人は考えているのですね。
ケンカイ そうね、音じゃなくて魂を引き継がないとね。
沙輔 だから、僕も魂を引き継いでいきたいなと思ってます。
▼ケンカイヨシの「人マニア」楽曲分析をもう一度読む
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