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ゼロから学ぶ

Text:Mizuki Sikano

2018年からPegとしてボカロPとして音楽活動を開始し、現在は別名義でシンガーソングライターとして曲作りも行うヤマモトガク。ヤマモトガクとしては初のアルバム『怪談』を11月17日にリリースするとのことで、これまでの制作の振り返り〜『怪談』制作の経緯、使用機材に至るまで話を聞いた。

ヤマモトガク『怪談』インタビュー

■ヤマモトガク
 シンガーソングライター/ボカロP。ロック、ヒップホップなどさまざまな音楽を独自に昇華したサウンド、浮世離れしているがどこか人間臭い歌詞が持ち味。

コンプレックスを乗り越えながらボカロP活動

―『怪談』収録曲だと最初にリリースされたのが2022年10月の「再見」ですね。約1年間の制作を経て、やっとアルバムとして形になった……何なら昨日完成っていう。

ヤマモトガク 昨日ですね(笑)。とは言え、9月くらいにはワン・コーラスのみのデモを並べてみたりして、アルバムの完成図は大体見えていました。“『怪談』というタイトルでアルバムを作りたい”というのは高校生のころから思っていて、曲を書き続けてきたんです。

―でもヤマモトさんはPegという名義でボカロPとしても活動して、アルバム何枚か出していますよね。

ヤマモトガク そうですね。2019年の「あわよくばきみの眷属になりたいな」や「夜になったら耿十八は」があまりにも伸び過ぎたことで、音楽家としての状況が変わって。リスナーに前のめりになって聴かれる経験を初めてしたので、当時は戸惑ったのをよく覚えています。

あと、「あわよくばきみの眷属になりたいな」の制作時期なんて就職活動真っ只中だったんです。

―では、ボカロPをしながら就職なさっていた?

ヤマモトガク はい。「あとのまつり」を書いた辺りで新卒社員として就職していて、社会人になったんですけど。いろいろとゴタゴタしちゃって。

―精神的にしんどくなっちゃったということ?

ヤマモトガク 会社も早く辞めたい時期でしたし、“無理”ってなっちゃってた。“これ以上、もうアイデアが出ない”ってなっちゃいました。物語性があって、自分の言いたいこともちゃんと混ざってて、なおかつある程度ポップでキャッチーなものをこだわりのMVとともに届ける、って大変で。

 あと、そんな感じで迎えた2020年のコロナ禍では、自分の周囲で“事務所やレーベルから声が掛かった”ってボカロPが増えてきたんですよ。でも自分は放っておかれてた。1回連絡は来たけど、無視されたり(苦笑)。っていうので、自分の音楽家としての限界が見えたり、周囲に対するコンプレックスも感じてメンタルが終わってました。

―そんなメンタル崩壊中でも曲作りを続けて……。

ヤマモトガク そうですね。月1でAo-WiFiとアニメ観るために会っていたので、おふざけで音源作ってレーベルに送ったりもしてましたが全滅みたいな。そんな中で、Δ(デルタ)というボカロPと、ATUHIという絵師も一緒に浅草寺に行って、ミスタードーナツ(以下、ミスド)を食いながら、Ao-WiFiと一緒に「会社を辞めるぞ!」という誓いを立てるっていう(笑)。

そして僕は、次の日の会社上司に退職の意をすぐ示しました。

―早いですね。

ヤマモトガク そのころ「あわよくばきみの眷属になりたいな」や「夜になったら耿十八は」で、少しお金になりつつあったんですよ。段々と音楽のお仕事の依頼をいただけるようになり、可不のデモ・ソングの依頼も来て。

―少しずつ音楽家として生計を立てていくイメージが付いてきたんですね。

ヤマモトガク 一応、そうですね。当時、自分の友人や同じようなところで活動していた人たちがスターダムを上がっていったから、音楽をする方が良い人生を過ごせるとスムーズに思えたというか。あと、僕は父親がPAで母親が元エレクトーンの先生なので、そういう意味では音楽で食う人生の方が現実味があるっていう(笑)。むしろ、サラリーマンの方が非現実的な感じがあって、分からないなと思ったんです。

中国文学の研究をして怪談を音楽に落とし込む

―『怪談』っていうアルバムをいつか作りたいって思ってたのが高校生だと仰ってましたが、音楽はご両親の影響で始めたのですか?

ヤマモトガク まぁ、家にベースがあったのでそれを弾いたのが始まりでした。でも当時は、あんまり聴こえてこない単音がボンボンいう楽器にそんなモチベーション抱けなくて(苦笑)。“作曲をしたい”と思った高校2年生のころギターを始めました。

―どうして『怪談』というタイトルでアルバムが作りたかった?

ヤマモトガク 高校生のときに怪談みたいなファンタジーを現実に落とし込むような音楽表現が、おそらくリスナーの心に刺さる一つのスタイルなんじゃないかと漠然と思って。それが大学時代を経て確固たるものになっていき、いつか『怪談』というタイトルのアルバムとして実現したいと思うようになっていたんです。

―何か大学時代のインプットがそのスタイルで作曲するために役立ったということなのでしょうか?

ヤマモトガク 大学で文学部に入って、中国文学を専攻していたんです。それで短編集……清時代に書かれた怪談集『聊齋志異』を研究していました。そういった中で、僕の好きだった中島敦の『山月記』に中国の怪談の元ネタがあることを知ったり、いろいろな知識が入って、僕も何か人ならざる存在から例えて人間のことを描く表現を音楽でしたいと思ったんです。すべての楽曲でそうしているわけではないですけど、『怪談』の収録曲だと口裂け女の話を歌にした「綺麗じゃない」、こっくりさんを題材にした「こっくりさん」、夢を食べる動物である獏についての「獏」を作りました。

―ご自身の学生時代で得たことをとても反映しているのですね。

ヤマモトガク そうですね、僕は『怪談』を“自意識のアルバム”だと思っています。“フィクションのフリをして、自分の日々の悩みとか、自分の生きてる上での悩み、自意識的な悩みが一番色濃く出たな”っていう。だからズバッと切り捨ててないんですよね、全部。悩んだまま終わってる。

―自分の話だから、簡単に解決できないってことですね。

ヤマモトガク そうです。今年オードリー若林正恭と南海キャンディーズ山里亮太の半生が描かれた『だが、情熱はある』っていうTVドラマにハマって、その内容にとても影響受けたんです。下積み時代の感情とかがドラマになっているのを観て、“自意識過剰ってちゃんとエンタメになるんだ”って発見があって。それで、自分のことを書いたアルバムを作ってみようと思いました。

テンションコードのアジアっぽさが好き

―『怪談』にはギターの弾き語りのような曲や、シンセポップ、ヒップホップなど、ジャンルについては幅広くラインナップしていますがこれは?

ヤマモトガク 最近の僕の趣味だと思います。それらは世の中にある普通の音楽だと思うけど、僕としては工夫していて、例えば「色魔」では“コード・トーンだけでアジアを感じさせよう”って考えて作曲したり。

 そうして研究しながら作曲する中で“IIm9から始まるツー・ファイブってめっちゃアジアだな”とか思ったりしました。“9th、11th、13thの音って、ちょっと響きがアジアっぽい、民族っぽいな”って。

―テンションコードが加わった複雑な響きの和音が好きなのですね。結構、理論的に考えて曲作りをすることが多いですか?

ヤマモトガク どこにも所属できずボカロにもなじめない気持ちになって、一回離れて世間から距離をおいたことで暇やから色んなところに行ったり、色んなことを考える時間があったんです。だから、音楽理論についても勉強できました。

 それによって、自分のやりたかったことに対して技術とか思考法が追いついてきて、2020年当時に書けなかったものがスラスラ書けるようになったんですよ。

―この作品が自意識の部分だとして、今後アルバムを作るとしたらどのようなものを作っていきたいですか?

ヤマモトガク 一言で言うと、“社会に出たい”です。“孤独に自意識と向き合ったから、そろそろ自分の外と向き合いたい”って思います。

―シンガーソングライターとしてだけでなく、ボカロPとしてはいかがですか?

ヤマモトガク ボカロPとしての活動も気分でまたやろうと思っています。ただ、最近またボーカロイドのキャラクターに回帰しているというか。サムネイルにボーカロイド・キャラクターの登場するMVが、すごく増えたと思うんです。「強風オールバック」の可愛ユキも「人マニア」の重音テトもそう。“オリキャラ(オリジナルキャラクター)じゃなくなってるな”って感じ。

 だから、自分がボカロ曲を作るのなら、ちゃんとキャラクターであることを生かしたものを作りたいと思います。ボーカロイドのときは楽曲提供の気持ち、自分で歌うときとはまた違う切り口でやっていきたいです。

ヤマモトガク使用機材(プラグインエフェクト)

 今回『怪談』で使用したプラグインエフェクトの一部を紹介してもらった。ヤマモトガクはPLUGIN ALLIANCEのプラグインを愛用しているという。

PLUGIN ALLIANCE Purple audio MC77

 スネア、ボーカル、リード、ギター何でも使っているという1176系コンプレッサー。この画像は三味線にかけたもので、リリースが速めに設定されている。

PLUGIN ALLIANCE Shadow Hills Mastering Compressor ClassAは、アコギ、ギター、ドラムのバストラックで多用。
PLUGIN ALLIANCE Bx_Optoは、ボーカル用コンプとして活躍。
PLUGIN ALLIANCE Brainworx bx_townhouse Buss Compressorは、シンセやピアノなど、歌の後ろで鳴っていてほしいと考える楽器パートに対して使用していたという。
PULSAR AUDIO Pulsar Muは、『怪談』制作中に一番活躍した色付け系プラグインとのこと。

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