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Text:Mizuki Sikano

ボカロ曲のヒット・ソング「フィクサー」や「ロウワー」、ずっと真夜中でいいのに。「秒針を噛む」などを手掛けたボカロPぬゆり。彼がゲスト・ボーカリストを招き、12月にLanndo名義で『ULTRAPANIC』をリリースしたのは記憶に新しい。

 

これから、そのボーカル部分をボカロに歌唱させた『ULTRAPANIC2』がリリースされるので、制作経緯、ボカロ選定理由、音楽的ルーツなどを深掘りし、ぬゆりの表現的欲求の在り所を聞いた。

ぬゆり『ULTRAPANIC2』インタビュー

『ULTRAPANIC2』の制作背景

―『ULTRAPANIC』を制作したときから『ULTRAPANIC2』の制作を計画していたのでしょうか?

ぬゆり そうですね。『ULTRAPANIC』を作ることが決まってから、ボカロ・バージョンも一緒に作ることを決めていました。

―『ULTRAPANIC』と『ULTRAPANIC2』でボーカルやミックスが違うこともあり、曲が持つ印象も変わっているのがとても面白いです。

ぬゆり ボカロが歌っても落ち着いて聴けるムードを目指しました。でもどうしても人間のボーカリストに書き下ろした楽曲ですし、オケにはギターやベースやドラムなどゲストに生演奏で弾いてもらっている要素も多いんですよね。だからそのオケのボカロ・バージョンとして “ボカロがどれだけついてこれるか?”を試したいと思っていろいろとやってみました。ミックスについては『ULTRAPANIC』でいろいろとリクエストをした記憶はありますが、『ULTRAPANIC2』の方では基本的にエンジニアの中村涼真さんにお任せでお願いしました。

―例えば「全部」の2分13秒からの歌い出しのように、『ULTRAPANIC』と『ULTRAPANIC2』でニュアンス変えている場所などもありますよね。

ぬゆり どうだったかな……ちょっと感覚的にやっていたので作戦とかではなかったと思います。何となく気持ちよさを追求した結果、いろいろと違った表現が出てきたんだと思います。

―聴き比べができるのがとても楽しいですね。あとは収録曲も異なりますよね。

ぬゆり そうなんです。だからボカロでちょっと表現しきれないと思う「心眼」や「宇宙の季節」の2曲は抜いているんですよね。最終的には、“これはこれで愛せる”と思える作品に仕上げることができたかなと思っています。

Reolにインスパイアを受けてSolariaを採用

―『ULTRAPANIC』での豪華なボーカリストの方々の演奏を経て、『ULTRAPANIC2』でどのように歌唱してもらうボカロを考えましたか?

ぬゆり 一応、仮歌はボカロに歌わせて作っていたんです。でも、そんなに調声は頑張っていない状態で。そのオケ+仮歌を送って、ボーカリストの皆さんに解釈してもらい、歌ってもらいました。そうして出来上がったボーカリストの方々の表現も踏まえて、僕がどのボカロに歌唱してもらうか再考をしていったんです。

―『ULTRAPANIC』のデモをシンセではなくボカロに歌わせるのですね。

ぬゆり シンセでなくボカロなら歌詞も入れられるので。あとは自分が歌うと自分の歌の癖とかが出ちゃいますよね。それはなるべく避けて、余計な情報を消し去った平たい音源を作りたいと思っていたんです。僕が単純に歌うのがあまり得意でないのもあります。

―ボーカリストが解釈しやすいようにボカロを使うのですね。デモの段階でボカロはどのように使い分けましたか?

ぬゆり v flowerなら力強い声で、歌愛ユキならウィスパーな感じとか、ボカロにはベースとなる特徴を持っているので、そこは意識して使い分けています。でもデモの段階では調声にこだわらずほぼベタ打ちにしていました。

―「インクルージョン」と「実行中毒」と「全部」はゲスト・ボーカルがびすさんですが、ボカロ・バージョンで歌唱するボカロを使い分けたのは?

ぬゆり 例えば「インクルージョン」ではびすさんに裏声やウィスパーで歌っていただいているので、それを踏まえてボカロに歌わせるならとにかく“奇麗なイメージ”にしたかったんです。それならv flowerよりも歌愛ユキの方がイメージが伝わるなと。

―ではゲスト・ボーカルの歌唱方法に影響を受けて、ボカロの選定をした部分もあるのですね。

ぬゆり そうですね。例えば「仇なす光」を歌ってくれたReolさんは、歌詞が日本語なのに発音が英語っぽいんです。この英語っぽく日本語で歌うニュアンスをどうしたらボカロで再現できるかを考えてみたんです。それで当初はv flowerで作っていましたが、Solaria(Synthesizer V)という海外向けで英語発音を想定して作られた音声ライブラリーを使ってみて、無理やり英語じゃなく日本語を発音させてみました。

―Synthesizer VのボカロはAIが搭載されていて、v flowerなどとは性能上趣が異なりますよね。

ぬゆり そうなんですよね。僕自身Synthesizer Vで初めてAIシンガーに触れたんですよ。Solariaは声質はナチュラルだなと思いつつ、英語ライブラリーなので、日本語発音させるとまた独特の音が出てくるんです。これはこれで使えるな、と思いました。

―でも調声に苦戦してしまう部分もありそうですよね。

ぬゆり 結構、難儀でしたね。AIの影響で何もしなくとも自然に歌ってくれるというので、これまでの調声で培った技術があまり役に立たないんですよ。ボカロに自分の手を加えていく場所が、今までと違った感じでした。

―今までぬゆりさんがやってきた調声というのはどういったことなんでしょう?

ぬゆり v flowerなどのボーカロイドやSynthesizer Vなどでは、歌っているニュアンスにするために音を足していくんです。一応可不(CeVIO AI)も持っているんですけど、そっちは癖をどんどん削っていくような作業になるんですよね。

v flowerは“しっくりくる”存在

―「冬海」や「さいはて」など柔らかさが肝になりそうな曲で、v flowerが使われているのはどうしてでしたか?

ぬゆり 合わせてみたときに、結構びびっときてしまったからなんですよね。これについては、あまり理論立てて説明することはできないかもしれません。

―きっと須田景凪さんとキタニタツヤさんに歌ってもらってしっくり来るのと、v flowerに歌ってもらってしっくり来る感覚は別モノなんでしょうね。

ぬゆり 確かに、振り返ってみるとそうでしたね。「冬海」は曲が完成してから、頼むなら須田景凪さんだなと思いました。サビのメロディを想像したときに、何かもっと爆発力が欲しいと思ったんです。「さいはて」はアルバムのエンディング感が欲しくて、キタニさんの声は完成度が高くて安定感があるから歌ってほしかったんです。

―キタニさんの声にある安定感を、v flowerにも求めた部分がありましたか?

ぬゆり 声質は全然違うと思うんです。でも僕の中で“何をしてもどっかしらに正しくはまってくれるボーカル” というカテゴリーにキタニさんとv flowerはどちらも入っていて。もちろん何にでも合うから選んだっていうわけではないんですけど、とにかく「さいはて」には“正しい感じ”がすごく欲しかったんですよね。

―ぬゆりさんにとって、一番しっくりくるボカロがv flowerなんですね。

ぬゆり そうなんですよね。いろいろなボカロを使ってきたんですけど、どれも“こういう曲に合うな”っていう特徴はありつつ、何だかんだでv flowerって万能で。だから使用頻度も高いんですよね。だから僕にとって正しい感じがすごく欲しいときに、v flowerを使っているんだと思います。

ぬゆりがエレクトロ・スウィングのボカロ曲を作っていた理由

―ちなみに、v flowerはいつから使い始めましたか?

ぬゆり 2017年ぐらいに導入しました。自分の作風にすごく合っているのもあって、ずっと使っている気がします。音数の多いオケでも、結構うるさいv flowerは埋もれないんです。歌い上げるような張った声が音場でも際立ってくれる。僕は曲を作っている途中で、ボカロを入れて良い感じになるかチェックしたりするんですが、何の調整をしなくてもちゃんと前に出てきてくれて便利です。

―作風に合っているとのことですが、本当にさまざまな曲を作っていますよね。「フィクサー」を作った2017年当時、作風の一つとして“エレクトロ・スウィングのボカロ曲”というスタイルを提示した方という印象があります。作ろうと思った理由は何でしたか?

ぬゆり とにかく、最初にテーマを決めて曲を作ってみようと思ったんです。でもエレクトロ・スウィングを絶対にやろうみたいな強い意志はなかったというか……こういう曲作ったら面白いかもぐらいにぐらいしか思ってなかったのかな、と思います。

―今でこそエレクトロ・スウィング調のボカロ曲を多く聴くこともありますけど、「フィクサー」はその萌芽のような存在だと思うんです。でも、スタイルを作ろう!みたいな感じではなかったのですね。

ぬゆり そうですね。僕自身は何か一つのスタイルを作り続けるというのはちょっと苦手だなと思っているんですよ。次に“またエレクトロ・スウィングを作ってください”って言われても、なんかまた似たような曲が出来上がっちゃうと思うからあんまりやりたくなくて。

―では、作り手として純粋にエレクトロ・スウィングの魅力はどういったところにありますか?

ぬゆり スウィングさせると何かどうしてもしっくりきちゃうんですよね。例えば、ちょっと野暮ったいメロディが完成してしまっても、スウィングさせたリズム・パートを合わせるとちょっとオシャレになる気がしていた時期があったので。それで、ついついそういうのを連発させていたようなところがあった気がします。

ぬゆりのギター・サウンドはハヌマーンからの影響

―好奇心の対象ではないけれど、v flowerと同じく、ぬゆりさんにとってエレクトロ・スウィングは“しっくりくる”存在なのですね。2014年「DE-Pression」のようなディストーション・ギターも作風の一つだと思いますが、元々バンドをやっていたり?

ぬゆり バンドはやってないですね。弾くのも稀で、ほとんど弾けないです。

―MOON GUITARSの格好良いギターを購入されていましたよね?

ぬゆり でも、弾けないです(笑)。例えば「サラダボウル」を作ったときは、ギターの打ち込みフレーズも混じえつつ、和田たけあきさんにギター演奏を頼んでいます。そんな感じで、ギターが欲しいときはギタリストの方々にお任せしているんです。

―ほかのインタビューで“クラシック・ピアノを習っていた”というのを読んだことがありました。

ぬゆり あ、でも中学生のときにやめちゃってから、あんまりちゃんとしたレッスンとか受けていなくて。なんか本当弾けるって言っていいか分からないんですけど、好きで弾いてはいます。

―そこからトラック・メイカーとして、ギターへの興味を持ったのはどういった経緯でしたか?

ぬゆり 一番は邦ロックが好きだったことです。今はもう解散してしまったバンドでハヌマーンのファンだったんですけど、ジャリジャリした感じのディストーション・ギター・サウンドとか、チャキチャキのFENDER Telecaster的サウンドが好きでした。

―私もピアノを習いながら東京事変を聴いて“ギターすごい”とか思ったタチなのですが、そういう自分が触ってきた楽器とは違うサウンドの魅力が創作のインスピレーションになった部分が大きいですか?

ぬゆり 大きいですよね。ちなみに僕も東京事変がめちゃくちゃ好きで創作の上ですごく影響を受けてるんですけど、サウンドの観点ではハヌマーンなのかなと思います。

―でもギターの演奏には苦戦して、その先でプラグインと出会ったり?

ぬゆり ギター・プラグインは元々持っていました。でも、打ち込みに傾倒していった理由ではあるかもしれないです。打ち込みギターも良い音じゃんって思ったので、自分的にはしっくりきて。自分で弾く発想よりは、どなたかに頼んだりとか打ち込みの方でやっていこうと思いました。

―その発想が発展してLanndoや『ULTRAPANIC』が完成していったんでしょうね。

ぬゆり そうですね。コミュニケーションによって表現の幅を広げられた部分もあって、例えば「クレイ」のサビで当初は短く歌ってほしかったところを七滝今さんが長めに歌ったんです。それが良かったので『ULTRAPANIC2』に逆輸入したりしています。作品を良くするためのアイディアをゲストの皆さんにもいただけたのが良かったです。

ずとまよとの共作で生楽器への憧れが強まった

―それはつまりバンド的な楽しみだと思うんです。だからLanndoはぬゆりさんが“バンドの一員”的なスタンスで音楽を楽しむために始めたプロジェクトだったりしないかな?と。

ぬゆり あぁ、なるほど。Lanndoをやるにあたって“人の力をすごく借りたい”っていうのはとてもあったので、それが“バンド的”なことのかもしれないというのは、今言われて初めて気付きました。

―邦ロックが好きだったとのことですし、実はぬゆりさんはバンドを組んでみたかったとか?

ぬゆり う〜ん……、確かにうっすらとやってみたくはあるんですけど、本格的にやるなら人前で演奏しないといけないんで、ちょっと怖いんですよね。バンドをやるならスタジオで定期的に集まらないといけないと思うんですが、ちゃんと練習いけるのか?という不安はあって(笑)。

―そこがネックなんですね(笑)。そもそも人前で弾きたい欲求がなければ、ライブは課題になっちゃいますもんね。ぬゆりさんは、ずっと真夜中でいいのに。「秒針を噛む」の作曲もしていますが、ACAねさんと楽曲を作る中で“バンド良いな”とか思ったり?

ぬゆり あぁ〜、確かにちょっとあったかもしれないです。「秒針を噛む」で、“自分の手掛けた打ち込み音源が生楽器になる”という経験ができたんですよ。ドラムを入れていただいたり、ベースを弾いていただいたりする中で、自分の曲なのに自分の曲じゃなくなっていくような感覚を味わえて、そこで生楽器への憧れを抱くようになったとは思います。

―今回『ULTRAPANIC』と『ULTRAPANIC2』には、ぬゆりさんが本当に信頼しているシンガー、演奏者、ボカロが参加していると思います。ぬゆりさんとしては最高のバンドを音楽で表現できたのではないでしょうか?

ぬゆり バンドの美味しいところだけを体験させてもらった感じかもしれないですね。今回皆さんに好きにやっていただけるようにお願いをして、自分にない要素をいただいて完成させられたのが良かったと感じています。

『ULTRAPANIC2』情報

■「ULTRAPANIC」特設サイト:https://ultrapanic.com/
■『ULTRAPANIC2』価格:2,750円
■『ULTRAPANIC2』収録曲:M①インクルージョン ②クレイ ③実行中毒 ④全部 ⑤トーキョーハウンド ⑥青く青く光る ⑦仇なす光 ⑧冬海 ⑨さいはて ⑩ロウワー
■『ULTRAPANIC2』参加ミュージシャン:いちた(gt)、和田たけあき(gt)、YUUKI MIYAKE(gt)、中村エイジ(key)、よこやまこうだい(ba)、奥村大爆発(ds)、嶋英治(ds)ウ山あまね(prog)、吉田翔平(strings)
■『ULTRAPANIC』『ULTRAPANIC2』エンジニア:中村涼真(mix)、岡村弦(rec)

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