plug+ by Rittor Music

自分らしく音楽を始める。

スタイル検索

ゼロから学ぶ

Text:Mizuki Sikano

マルチプレイヤー河原太朗のソロ・プロジェクト=TENDRE(読み:テンダー)。一人でボーカル、鍵盤楽器、ベース、ギター、サックス演奏、打ち込みなどもこなす。それによる豊かなグルーブと心地良い低音ボーカルの関連、さらに細かな意図を孕んだ一つ一つの美しい音が持ち味だ。作り手としての河原の脳内を少しだけ覗き見するべく、最新アルバムの『PRISMATICS』のアレンジや作曲のこだわりを尋ねた。

TENDRE『PRISMATICS』アルバム・インタビュー

PRISMATICSで人の性格の“多面性”や“複雑味”を表現

―前作『IMAGINE』は“想像”とか“考える”って意味で、今回の『PRISMATICS』は“プリズムの”とか“鮮やかな”とかそういった意味ですが、河原さんはこの言葉の意味をどのように捉えていますか?

TENDRE “多面性”や“複雑味”だと思っています。人の性格を一言で表すのって難しいじゃないですか。人間には良い意味での多面性ないし複雑味があると思うんです。それは自分もそうで、TENDREは“柔らかい”とか“優しい”って意味だけど“今後それだけに沿った曲を作り続けるのか?”と、改めて自分のやりたいことを考えたんです。やっぱり日頃の自分の考え方や環境も変わっていくから、優しいの中の怒りや悲しみとか……そういった一つ一つにフォーカスした作品を作ろうと思いました。

―つまり、感情を多面的に捉えることがコンセプトになっている?

TENDRE 作品を通して自分自身を見つめ直すことも常にしているんですけど、何かこう……いろんな感情に名前を付ける作業をしている感覚というか。そんなイメージで制作していたと思います。

―そういえば、サウンド&レコーディング・マガジンで前作『IMAGINE』についてのインタビューをしたときに“意外と似合うみたいな服も着て幅を広げたかった”と仰っていたのが印象的でした。

TENDRE 『IMAGINE』はコロナ禍の真っ只中で制作していて、当時の出来事を反映した内省的でゆったりした曲から、ビートを用いたものまでいろいろと音楽的多面性を描けたアルバムだったと思っています。作品で自分の人生の100%を表現するのは難しいと思うんですけど、『PRISMATICS』は『IMAGINE』からつながっている音楽的な多面性について、今年なりの自分の答えを出せたなっていう気がしていて。ざっくりだけど“開けた”感じがあります。

―自分の音楽表現に対して何か答えが見えるきっかけなどがありましたか?

TENDRE 友達、仲間、レーベル、ライブとか、あらゆるコミュニケーションの中で“自分はこういう考え方で意外といいんだなぁ”っていうのが、この2年間でかなり見えてきた気はしますね。一人で部屋にこもっていても、分からないことだらけじゃないですか。でもSNSとかからは毎日嫌でも情報が入ってきたり、それらを自分に置き換えて考えたりもしながら世の中を眺めていて、そういう考えにつながる体験は細々とあったと思います。

―自分を受け入れて、優しい気持ちで制作できた部分があった?

TENDRE 今回、誰かに“それは違う” と言われてもいいぐらいの気持ちで自分の思いを書いているんです。それがきっかけで何か会話が始まれば良いなって思うから。哲学的な話になっちゃいますが、優しさっていろいろありますよね。ドーンと背中を押したり、叱ったりすることが優しさになることもある。常に優しくではなくて、結果的な優しさみたいな。うん……でも極端なこと言うと、音楽って複雑でもあるけれど単純なものでもあるから、あまり考え過ぎずに楽しんで作れたという感覚も残っています。

“同じような”短編小説を書かないように楽曲制作をする

―TENDREらしさ+細部のアップデートを感じたのですが、何か音作りとかで課題を設けて研究したりとかしましたか?

TENDRE 課題っていうのを特別設けはしないけれど、“同じようなものを作ってはならない”っていう意識はしますね。テンション感やテンポ感が似てくることはどうしてもありますけど。格好付けて言うと“その曲が呼んでる音を探す”みたいな。一曲一曲を短編小説を書くようなイメージで作っていて、それらの話が似ないように音像やミックスにこだわるんです。例えば、主人公の立っているポジションや振る舞い、舞台の情景の変化に気を使う。

―映像制作に置き換えると、河原さんは監督の立場で、俳優とサウンド・デザイナーもやっている感じですよね。

TENDRE 自分はTENDREという人をプロデュースしてる身でもあるという感覚は確かにありますね。例えば、俳優が監督する映画作品がありますけど、その俳優はどうしたら豊かな演技ができるか追求した先に監督業があったんじゃないかと思うんです。もしそうなら僕はそれと全く同じで、自分自身が演奏するのにどういう舞台だったら面白いかまでを考えたい。

―例えば自分がラブ・ストーリーを歌うならこうなり過ぎないようにとか、こういうニュアンスの方が良いとか、そういった調節もしますか?

TENDRE してると思いますね。映画の場面で言うならば、カップルとか親密な2人が何か良い感じのディナーのレストランに居て、TENDREはステージで演奏している設定にしよう、みたいな。だから僕自身が愛を叫ぶ部分もたまにあるんですけど、どちらかと言うと今作においてTENDREはストーリー・テラーの役割が多くなっていた気がします。

―山手線に乗ってひたすら人を観察したりする著名な小説家が居たりしますが、河原さんも客観的な視点で詞を書きたいと思ったときに何かすることはありますか?

TENDRE 昔は今よりも人間観察をやってましたね。自分の住んでいる街の喫茶店とかで、ちょっとだけ聞き耳を立ててみたり。やっぱり自分の周りは安心できる場所ではありますが、全然違う世界っていうのはすぐ隣にあるもんだなって思うんです。直接話さずともこの街にはどういう人が居るのかとか、情報収集したりすることはあります。

―今回その観察がより強く反映されている曲はありますか?

TENDRE 「CLOUD」こそ、まさに俯瞰視の曲ですね。自分自身が雲になって上から地上を眺めるイメージの曲なんです。ちょうど西麻布でレコーディング・スタジオに入っていて、そこには天窓があって屋上にも上がれるんです。そこで街を見ていたらやたら喧嘩している集団が居たんですよね。何で争っているかは分からないし、もし自分だったらすごく感情が高ぶっている瞬間なんですけど、自分と交わりのない世界の出来事だから、上から見るとすごく小さな出来事に見えてくる。よく“宇宙から見れば小さい話”って言いますが、そういう目線で書いた曲です。

レコーディング・スタジオでギター録音をしている河原。足元には、アナログ・ディレイMXR M169、リバーブのMERIS Mercury7 Reverb、コーラスJHS PEDALS Emperor V2、ファズZVEX Vexter Fuzz Factory、フェイザーMXR CSP026 ’74 Vintage Phase90、オーバー・ドライブFULLTONE Obsessive Compulsive Drive、VEMURAM Jan Ray

シンセのフィルターの開閉で光の強さを表す

―絵の具で塗るようなモーションが見えたり豊かな色彩感が際立っているアレンジなのは、歌詞で音楽と自分の間の距離を設けたことが少し影響していると思いますか?

TENDRE 影響あると思いますね。僕は楽器の音が一番楽曲のイメージに直結すると考えているので、例えば輪郭のはっきりしたシンセはブラシで描く油絵のようになるし、空間系エフェクトでぼやかしたシンセは水彩みたいになる。タッチの強さがアタックの速い、遅いで表せたり。歌詞の温度感をコントロールするように、音も会話を付けるような感じで考えていました。

―シンセのフィルターの開閉とかも効果的に用いてますね。

TENDRE 曲にはよりますが、僕はフィルターの開閉を光の強さみたいなことの表現に使っているんですよね。暗いところから、ちょっと光がブワッと、後光が射していって、しぼんでいくような。あとは、曲線を立体的に描くために用いることもあります。楽器で表現できる個性を登場人物的に扱うというか、そういう勝手な妄想をしたりするんです。

―具体的にはどのように?

TENDRE 『IMAGINE』のときだと“サックスはおじさんの嘆きだ”みたいに勝手に思ってたんです。今回だと、APPLE Logic ProというDAWソフト内のシンセのトラックに名前を付けられるので、そこを人っぽい名前にして整理したりしましたね。

APPLE Logic Pro内の「FANTASY」のシンセ・トラック。“John”や“Jump Boy”など独特な名前が付けられている。“24b”は24ビットを指すのだろう

―今回もサックスの音が聴けますが、フレーズが普通のサックス・ソロっぽくなくて、時にシンセの一環のように聴こえてくるのが面白いです。

TENDRE 全パートが同じ方向に向いていると強いパワーが出るので、そういうシーンで聴けるフレーズなのかもしれないですね。逆に、どれかが“ちょっと前向きになれない”みたいな感じで違う方向を向かせることもあって、そのときは音色が同じでもメロディを周りのパートと違うものにしたりします。またそれが複雑な動きにもなるから。人生でも思いがけない何かが変化につながることがあるじゃないですか。だから、楽曲のストーリー展開を違う方を向いた楽器のフレーズで作ったりするんです。

―「LIGHT HOUSE」の冒頭などは、フレーズが展開に作用する感じを体感できる部分かと思いました。あとは別のキーの音とか、異なるスケールのフレーズの登場で色合いを微妙に変える妙も。

TENDRE 場面ごとに緩急を付けるにも、何か違和感があるのはやっぱりすごく大事だなと思っています。これは音楽的な話にも繋がりますが、すべてにおいて奇麗にまとまる手法より、何かしらの違和感を残すことで曲のメッセージに“複雑味”が出ると思うんです。これはスパイスのブレンドと似ていて、混ざることでそれぞれの真価が発揮される感じです。

Prophet-6のアルペジエーターで光の粒の音を演出

『PRISMATICS』の制作で大活躍したというシンセ。上からSEQUENTIAL Prophet-6とROLAND Jupiter-X

―さまざまな音がしますが、今回シンセなどを触りながら新しく発見できたことなどはありますか?

TENDRE 質感のバリエーション作りをする中で、シンセの奥深さを改めて実感しましたね。ノイズを乗せてみたり、より丸みのある音にしようとしているときにROLAND Jupiter-Xはいろいろな音が作れるので本当に便利でした。

―制作中に新しく購入した楽器などはありましたか?

TENDRE レコーディング後期でアナログ・シンセのSEQUENTIAL Prophet-6を購入したんですよね。やっぱり、一家に一台じゃないですけど(笑)、持っておきたいなと思いまして。

―使ってみて、どうですか?

TENDRE 周りの友人に借りたりして使ったことはあったのですが、やっぱり太くて良いサウンドですよね。僕はエレピでハーモニーを奏でるような感じでProphet-6ならではの音色を探したりするのですが作り込みがしやすいです。シンセってもちろんエフェクト加工を施して良くなる場合もありますが、この制作をしていてシンセ一台で“ミックスにそのまま持っていける”と思う音色を作るのも大事だと気付いたんですよね。自分がProphet-6で鳴らしている周波数帯域が、特有のホワイト・ノイズや歪みを含む“ハイのザラつき”なのか“ローやミッドのふくよかな部分”なのかなどを把握した上で、ほかのパートの音色も決めていきました。

―Prophet-6を触りながら、お気に入りの使い方などは発見できましたか?

TENDRE フィルターで作る高揚感とか……あとアルペジエーターが好きですね。曲によってはアルペジオを32分音符で鳴るようにテンポを高速にして、それをトレモロで揺らすと光の粒のようになるんです。それを楽曲内の高いレンジのところで鳴らしたりしているんですよ。ザラつきのある音色にするけれど、それにリバーブをかけて暴れを抑えて、さらにロー・カットしたりしました。その音が、星の光のようなイメージを生んだんですよね。

―面白いですね! 芸が細かいです。

TENDRE こういう音は、チョコレート・ドーナツに付いてる黄色いツブツブしたやつみたいな効き方をしてくる。あの一口食べたときの、味はしないんだけど確かに“カリッ”とする感じです。

―確かに、黄色いツブツブなかったらあのドーナツを手に取らないかもしれません。

TENDRE そうなんですよ。僕は大衆音楽にそこまで根ざしてやっていきたいわけじゃないんですけど、ポピュラーとマニアックの両方の感覚を持って音楽を発信したいと思っていて。大衆音楽だと“愛してる”って歌詞とか、そういう歌の力を一番大きく掲げるところがありますよね。僕も歌を一番前には出すけれど、その後ろにある音の情景をより高解像度で描きたいんです。例えば、西洋美術とかで端っこに書いてあるメッセージに特別な意味が潜んでいたりすることがあるじゃないですか。僕も作品に奥行きを与えるようなちょっとした頑張りみたいなものが大好きだから、今日お話ししたみたいなサウンドに対してのこだわりが、事細かに音楽へ反映されるのかもしれないと思いました。

初めてのシンセは大学時代のDAW内蔵プラグインだった

―“好きでこだわりたいというシンプルな感情が、河原さんをマルチプレイヤーにしたんでしょうね。ちょっと過去に振り返りますが、そもそも河原さんが最初にシンセを弾いたのはいつなのでしょう?

TENDRE 家にシンセはあったんですが、本当にシンセがどういう楽器か理解して使ったのは、19歳のときでした。僕は音楽大学に通っていたんですけど、授業でAPPLE Logic Proを使うようになって、内蔵のプラグイン・シンセに触れるようになったのが最初なんですよね。

―では、中高生のころメインで弾いていた楽器は何ですか?

TENDRE 中高で吹奏楽部に所属していたので、メインは管楽器だった気がします。最初にトランペットを2年間、中3でバリトン・サックス、高校ではサックスを全般的にやっていました。

吹奏楽部でミスをした苦い思い出が今の充実感になっている

―吹奏楽部時代に、印象に残っている曲はありますか?

TENDRE 中学のときにモデスト・ムソルグスキーのピアノ組曲『展覧会の絵』を、吹奏楽アレンジにしたものを演奏したんです。最初の曲「Promenade」が1stトランペットのハイ・トーンなフレーズから始まるのですが、その演奏を僕が任された。当時トランペット担当が何人か居る中で僕は真ん中ぐらいのスキルで、だから自分の音で曲を始めないといけないのは結構プレッシャーだったんです。部員全員の前で、どうしても何度もミスをしてしまうんですよ。だんだん指揮者の先生とかにもちょっと呆れられたりして、“練習してんのか!”とか言われたり。練習してたんですけどね。

―それをどうやって乗り越えたんですか?

TENDRE まぁ、ひたすら練習するしかないですよね。繰り返し弾いて“1時間休憩したらできるようになっている!”と信じるしかない。当時はそれなりに練習に疲れたりいろいろ苦労しましたけど、大人になって振り返ると充実感になっている。だって、授業終わってほぼ毎日楽器が吹けるし、皆と当たり前のように合奏できるんですよ。それって、最高なことですよね。

―そこから、さらに曲作りの楽しみも知っていくわけですね。

TENDRE 高校生になって僕はベースを弾き始めて周りの友人が好んで聴いていたASIAN KUNG-FU GENERATIONやBUMP OF CHICKENのコピー・バンドを組むんです。そのバンドで、高校2年生のときにオリジナル・ソングを作りたいと思うようになりました。僕は絶対音感もあったので、リズムやコードの指示出しをしたりして、初めて作曲しましたね。

―どんな曲を作ったのですか?

TENDRE パワー・コードと四つ打ちドラムの、Jポップ、ロックですね。でも当時はボーカル2人の要望を聞いて作っていたので、自分の曲という感覚はうすかったです。確かバラードを作るようになってから、コードなどにもこだわるようになったと思います。

―当時とは音楽、演奏スタイル、作曲、マインドも違うと思いますが、当時から現在まで音楽を作り続けていこうと思える原動力は何でしたか?

TENDRE 誰かと一緒に楽しめる曲を作りたいって思いは、もしかしたらずっと変わらないのかもしれないですね。TENDREになってから年に一枚アルバムを作ってますけど、この直近2年はすごい感情が揺れ動きやすくて、僕自身センシティブになった時期だったんです。そういった変化を記録しておくべきだと思う、と言いますか。自分のこと考えて作る音楽も、誰かのことを考えて作る音楽も、自分ですよね。そうやって自分の音楽を発信し続けることで、誰かとディスカッション、コミュニケーションが生まれるから、作曲したいんだと思います。

『PRISMATICS』詳細

『PRISMATICS』
TENDRE
(ユニバーサル)9/14発売

M:TENDRE(all)、河原秀夫(b)、松浦大樹(ds)、AAAMYYY(vo)、小西遼(sax、Flute、Clarinet)、YeYe(cho)、Izumi Matsui(Triangle)、Panao(suzu)
P:TENDRE
E:小森雅仁、安中龍磨、yasu2000、佐藤慎太郎
S:ABS RECORDING、Augusta Studio、big turtle STUDIOS、STUDIO MECH、studio MSR

この記事をシェアする

  • LINE
  • twitter
  • facebook

注目記事

新着記事

注目記事