インタビュー/文:Mizuki Sikano
木下理樹(vo、g)、戸高賢史(g)、中尾憲太郎(b)、藤田勇(ds)からなる、オルタナティブ・ロック・バンド、ART-SCHOOL。2019年から木下の体調不良によりバンドは活動休止をしていたが、7月13日に4曲入りEP『Just Kids .ep』のリリースと共に活動を再開する。洗練された演奏と無駄のないアレンジによるシンプルなロックを美しい音で堪能できるこのEPの制作について、今回は作詞/作曲を手掛ける木下に話を聞くと共に、アーティストを志した学生時代についても振り返ってもらった。
目次
木下理樹(ART-SCHOOL)『Just Kids .ep』インタビュー
ーまず『Just Kids .ep』の4曲はどれも音が奇麗で、演奏内容の細かい要素まで聴こえてくるので、レコーディングからミックスまで丁寧に時間をかけて作った音楽なんだろうと感じました。
木下 歌以外は一発録りが多かったからそんなに時間をかけてないんだけど、歌録りとミックスとかで結構時間をかけた感じなんだよね。丁寧に作ったなと思うし、やっぱり復帰作って言われるものだから歌を丁寧に録りたいってこだわっていました。出来上がって、ホッとしているというか。
ー録りとミックスは益子樹(ROVO)さんとのことですが、2020年のサンレコに掲載されたインタビューで“自然を再現したいんだ”といった音に対する意識の変化を話されていて。木下さんが一緒に作っていたときに、それに関することで何か感じた部分はありましたか?
木下 そうだね。コロナ禍で益子さんがそういうナチュラルなものというか……“ミックスにもすごく時間をかけることにしたんだ”って言ってたのは、僕の印象にも残ってます。
ーギターとかを含め、全体的なサウンドは歪みではなくクリアな方向で。
木下 クリアに聴こえたり解像度が高い部分は益子さんの手腕で、ミックスに時間をかけた部分でしょうね。とにかく“躍動感があって、生命力をあふれさせたい”っていうのは、益子さんがずっと言ってたけどね。それには僕らも賛成だったんで、自分たちでも音作りをしていったけど。特にギターとかすごく良いしね。確かに、そこはうまくいった部分なのかな。
歌録りはOKまでに8カ月ぐらいかかった
ーボーカル録りもじっくりこだわったのですよね。
木下 歌はね、最初にレコーディングしてから、OKになるまでに8カ月ぐらいかかってるから。その理由は、なかなかメンバーや益子さんが求めるレベルまで自分のボーカルが達していなかったってことなんだけど。それで、良いボーカルにするためにいろいろとやってましたね。全員に妥協しないっていう意志があったから、時間をかけてでも良いものを作ろうって意識を持っていたと思います。
ーかなりストイックですね。
木下 個人的には、これまでにこんなに歌に時間がかかったことはなかったですね。でも、今回の僕には活動休止のブランクもあったし、だから“全員にとってOK”な歌を歌えるまで突き詰めていきましたね。
ー作詞作曲は木下さんの担当ですが、4曲を作るとなってから最初にやったことはどういったことでしたか?
木下 歌詞を書いたり、これ以上に良いメロディー・ ラインはないのかなと考えたり、歌の練習とかもしていましたけどね。
ー曲はいつも何から書き始める?
木下 デタラメな英語で歌いながら、日本語に変えていくんだけども……そこで響きが違ってくるので、最初に書いたイメージと変わってきたりもして。その日本語の歌詞を気に入っている場合はそのまま生かすし、微妙だったらまた書き直して、でもそこまで大きな変動とかはないですね。今回は4曲しかないからこそ、自分の歌詞とメロディの世界観をぎゅっと詰まったものにできないかなぁと試行錯誤しました。
ーということはメロディを考えて、歌詞を書くということですね。歌詞先行だったりするのかと思うくらい、ART-SCHOOLの歌詞は文学的要素が強いですよね。
木下 メロディが先には出てくるんだけど、“何を歌うか”という歌詞のコンセプトは、自然とメロディと一緒に考えているんです。だから、その文学的な要素とメロディとのバランスを常に取りながら作詞作曲している感じです。
「Just Kids」のメロディと歌詞は駅で思い付いた
ーその後はデモを作っていく?
木下 そうですね。基本的には、APPLE GarageBandとパッド付きのMIDIキーボードAKAI PROFESSIONAL MPK Mini MK2を使い、打ち込みをして作ります。ベースやギターも自分で弾いて、マイクも新しく買ったので歌録りもしていました。あと今回は、メレンゲってバンドのクボ(ケンジ)くんがお友達なので、“ちょっとデモ作り手伝って”ってお願いをして、クボくんのお家のAPPLE Logic Proで作ったりもしました。
ーでは、ある程度デモの段階で音楽の方向性を固めるんですね。おそらく、その時点でかなり曲のイメージは仕上がっているのではないかと思うのですが、そこからバンドで合わせてどのようにアレンジを決めていくのでしょう?
木下 例えば「Just Kids」の場合、僕が最初に持っていったデモはちょっとドリーミー過ぎたんですよね。チープな打ち込みビートに、鍵盤楽器のメロディを乗せたものだったんだけど。でもバンド練で合わせてみたらすごくロックな感じになって、それはそれでいいのかなと思いましたけどね。「ミスター・ロンリー」とかも、作ったときはエリオット・スミスっぽい感じだったんですよ。でも今回は、歌やギターが前面に出てくるようなロックにしたいねって話にまとまっていった。
ーそこで今回のギター・ロックの方向性が決まったのですね。
木下 そうだね。「柔らかい君の音」とかもデモではチェロの音を入れていて。だから、最初はバンド練のリハスタにMIDIキーボードを持っていったりもしたんだけど、途中で要らないかなって。『Hello darkness, my dear friend』(2016年)のときは、自分でキーボードで変な音とかを入れて本チャンにも生かしたんだけど、それやるとバンドっぽくなくなっちゃうんだよね。
ーそれは本意ではなかったんですか?
木下 あれが失敗とかではないんだけど、結構一人で仕上げていってバンドのグルーヴが出てこなくなっちゃったかなと思う部分もあったから。“ART-SCHOOLではあまりやらない方がいいのかもな”と思ったんです。だからそれ以降、僕が一人で詰め過ぎないようになりました。
ーでは、それ以降のデモの内容はもっとシンプルになっていったということですか?
木下 そうっすね。弾き語り一本のこともあるくらい。「Just Kids」のデモを作るためにクボくんの家へ向かっているとき、「Just Kids」のメロディと歌詞がちょうど地下鉄の駅のホームで思い付いたんですよ。そういうことがあると、少し大変になるんです。電車には乗ったんですけど“これはどうにか忘れないようにしよう”って途中で降りて、ボイスメモに録音しました。
ー降ってきたんですね!
木下 急に降りてくる瞬間があるからね。
中尾「同じことしか弾いてないけど、俺は絶対大丈夫」
ー音楽はとてもシンプルなことをやっていると思うのですが、皆さん全員がもっと難しいこととかもできてしまう方々じゃないですか。そこをあえて削ぎ落とすことで、私たちのような世代にも寄り添うものに仕上げているのかなと感じました。
木下 「Just Kids」を最初に合わせたときに中尾(憲太郎、b)さんは、“びっくりするぐらい同じことしか弾いてないけど、俺は絶対大丈夫なんだ”って、ずっと唱えながら弾いてましたけどね。“俺はこれで20年食ってきた”とか言いながら……それぐらい、シンプルなアレンジってことだよね。
ー世の中的にはアレンジはどんどん複雑化していて、ロックって言われても“本当にこれはそうなのかな?”って確信が持てないこともあるくらいだなと思うんです。でも『Just Kids .ep』はそういう無理がない、自然体のロックだと感じます。
木下 皆で“シンプルがいいよなぁ”っていう話をして、“イギリスの感じがすればいいよね”というのを中尾さんが言ってました。いわゆるボトムスが太いとかそういう印象のロックじゃなくて、歌とかギターの印象が強いもの。
ーその意図はかなり反映されてますね。今は実際にライブをする準備をしているところですか?
木下 過去の曲も含めて練習しているよね。
ー3年ぐらいお休みをしていて新曲と共にまたライブをやるのは、今までやっていたものをおさらいする感覚よりも、また新しいものを作るというような心持ちが強かったりするのでしょうか。
木下 また新しいフェーズとしてとらえて演奏していきたいというのは思っていますね。
【学生時代】初ライブでブッカーからのダメ出しにより自信が付く
ーちなみに、初めてライブをしたときのことって覚えていますか?
木下 ART-SCHOOLを組んで下北沢GARAGEでライブしても5人ぐらいしかお客さん居なくて……っていうような、そのころの気持ちは今でもよく思い出せるけどね。ただ、僕自身が人前で初めてライブをしたのは高校卒業してすぐとかだから。
ーベースを弾かれていたんですよね。
木下 そう。ベイサイドジェニーっていう大阪のライブ・ハウスがあって、お客さんとか全然呼べなかったんですけどそこに出たんです。ライブ後にブッキング・マネージャーがギター担当の奴を一人呼んで、僕らも“何を言われてるのかなぁ”ってこっそり聞きに行ったら、その人が“君ら曲は良いから、ベースとドラムをクビにした方が良い”って。
ーそれは、辛口ですね。ただ、お店の方がダメ出ししてくれることって、ライブ・ハウスに出演すると遭遇することがありますよね。
木下 当時の僕は、それが自信になったんですよね。
ーそれは、どうしてですか?
木下 つまり“曲は良いんだ”って思って。よく考えればベイサイドジェニーみたいな名の知れたライブ・ハウスが、当時の自分らみたいな無名の新人を出すってこと自体普通はないことだよなって。演奏は下手だけど“曲が良かったから出してもらえたんだ”って気付くことができたんです。まぁ、それを言われたギターの奴はちょっと複雑そうな顔してたけど。
ーその後作曲をしていくわけですが、最初にメインにした楽器がベースだった理由は何ですか?
木下 単純に言うと、ギターってコードとかいっぱいあって難しいじゃないですか。あんなに覚えられないと思ったから。ベースはルート音を押さえるだけだから、いけんじゃねーかなって。理由はそれだけですね。
ーその後、ベーシストにならなかった理由は?
木下 ベースだけだと曲にならないですからね。ギターが弾けないと。
ーではソング・ライターとしては、ギターに持ち替えてからがスタートだったのですね。
木下 多分、そうだったような気がします。
ーこれから楽器を手にして、音楽を作りたいと考えている読者に、木下さんからソング・ライティングをする上でのアドバイスなどはありますか?
木下 ん〜、僕は夢の中でも作ってますからね、音楽を。
ー夢で!? 寝ている最中に作曲を?
木下 夢の中で歌詞とかメロディを歌ってて、それを朝目覚めて録音したりしてたんですよ。
ーそれは明晰夢を見れる人だけというか、あまりみんなが体験できないから参考にするのが難しいですね。
木下 そうですよね。だから、そういうのじゃなくてですよね?
ーできれば(笑)。
木下 自分ができないからかも分からないけど、シンプルなコード進行でめちゃくちゃ良い曲を作る人たちを尊敬してて。例えば、オアシスのギタリストのノエル・ギャラガー。特にオアシス全盛期の『Be Here Now』ぐらいまでの曲は、どれもシンプル。
ーテンション・コードなどを頻繁に使わないから複雑な響きが無いですし、歌詞の内容も彼らのイメージ以上にとても優しいですよね。
木下 まぁ、音楽への愛が深いんだよね。もちろん、難しいことをする人の音楽が嫌いとかではなくて、例えばペトロールズの亮ちゃん(長岡亮介)とかギターめちゃくちゃ上手で尊敬もしてるんだけど、自分はそれができないし。
ー自分にできることから始めてみるのが良いのでしょうか。
木下 ソング・ライティングは伝えたいこととかなくても、ギターを触ってメロディを適当に作ってみて、そうしたらその曲いいじゃんって言う人がいるかも分からないし、まずは楽器を触って何でもいいから作ってみて、それで周りのみんなに聴かしたりしていくうちに才能があるのかないのかも分かるし。別に才能がなくても、趣味で続けていくのもできるから。
木下理樹のあったら良いなこんな楽器:『Girl Guitar』
ー取材前に描いていただきましたが、このGirl Guitarもあったら楽器初心者にお薦めできますかね。
木下 どうですかね。まぁ、実際にあっても弾けるか分からない。でも、かわいい。これは女の子の顔がボディになっているギターなんだけど、目の部分とかにギター・シールドを挿したり、ボリューム・ノブ付いてたら良い感じだよね。こういう女の子の顔がボディのギターとか見たことないから。
ーとてもかわいいですが、実際に弾くときに女の子に申し訳ない気持ちになりそうですね。
木下 そうっすね。手探りで弾くしかないですね。あ、でもどなたか美術家の方とかがデザインして作ったら、良い感じになるのかもしれないですね。
ーぱっと浮かぶのは「Guitar Girl」を描いている、奈良美智さんとか?
木下 奈良美智さんが作ってくれるかどうかは分からないけど(笑)。女の子の顔の部分がそんなに大きくなければ、実際に持って弾けそうかな。
ART-SCHOOL『Just Kids .ep』詳細
①Just Kids ②レディバード ③ミスター・ロンリー ④柔らかい君の音
Musician:木下理樹(vo、g)、戸高賢史(g)、中尾憲太郎(b)、藤田勇(ds)、UCARY & THE VALENTINE(cho)
Producer: ART-SCHOOL
Engineer: 益子樹
Studio:Float
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