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Text:ケンカイヨシ 企画/編集:Mizuki Sikano

K-POPアイドルの人気楽曲を日本で活躍するプロの作曲家/トラック・メイカーが音楽的に分析して、解説する企画! 音楽プロデューサーとして花澤香菜、高橋優、リサイタルズ(東海オンエア)などのアーティストやYouTuberの楽曲を手掛けているケンカイヨシに、今回はBLACKPINK(読み:ブラック・ピンク)の「Pink Venom」を読み解いてもらおう。

 

K-POPアイドルの人気楽曲を分析/解説

作曲家のケンカイヨシです! 表の顔はぶっ飛んだエロいJ-POPを作ることで生計を立てているサウンド・プロデューサー、裏の顔は音楽ライター!bmr(編註:以前月刊誌として刊行されていたヒップホップ専門誌『ブラック・ミュージック・リヴュー』)を読んで鈴木哲章氏や松尾潔氏に憧れてきたケンカイにとって、音楽ライターの仕事は子どものころからの夢。
そんなケンカイに来た今回のオファーは……“BLACKPINKの「Pink Venom」を論ぜよ!”。もはや、韓国を超えて大世界的なスターとなった彼女らじゃないですか!腕が鳴るけど緊張する……というわけで、閑話休題。

BLACKPINKってどういう韓国アイドル?

BLACKPINKは2016年に、YG ENTERTAINMENT(略称:YG)からデビューしたガールズ・グループです。YGには同じく女性4人組グループの2NE1が所属していましたが、それ以来7年ぶりのガールズ・グループということで注目を集めました。

BLACK PINKの音楽性は主にヒップホップやR&B、ダンス・ミュージックを基盤に作られています。そういったR&Bテイストかつ個性豊かなハーモニーが売りのガールズ・グループは、1990年代のアメリカにおいてデスティニーズ・チャイルド、アン・ヴォーグ、SWVなどを筆頭にたくさん居たのですが、ここ15年でR&Bグループ・コンセプトはすっかり廃れてしまっておりました。そんな中で、ワールド・チャートにおけるK-POPの台頭、R&Bテイストの世界的ブレイク!が起こったのです。
今回論じていくBLACKPINKは、明らかにTLCをモデルにしていると僕は思います。女性的なものを表す“PINK”とそれを否定する“BLACK”という彼女らのコンセプトは、新時代の自立した女性像を想起しますし、さらにストレートなR&Bシンギング、猫なで声、低音のハードなラップが交錯する見事なエンタメは、まさに“Crazy”“Sexy”“Cool”という3つのペルソナを体現するTLCそのもののように感じます。

BLACKPINKの勝利の背景には、まだ“ソロ・シンガー”“ラッパー”“トラップ的シンギング”“チルなリバーブ”がシーンを支配する前に、個性派ユニットにあふれていた1990~2000年代前半のBillboard Top40シーンへの憧憬があるのではないでしょうか。もっとも、それは空前絶後の世界的規模で起こった憧憬です。

BLACKPINKの音楽の魅力とは?

BLACKPINKの音楽の魅力は、1990年代の美学を復活させたことに留まりません。ローの効いたビート、ミニマルなコード進行、サンプリング主体のビートなど最新のサウンドの要素を備えながらも、“以前、世界的にヒットしたさまざまな音楽スタイルのごった煮”的趣があります。それもシンセ・ウェーブでよく参照される1980年代ポップス、ディスコだけでなく、1990年代ハウス、2000年辺りの2ステップ(UKガラージ)、2015年ごろのトロピカル・ハウス、そして民族サウンドからも引用しているなど、かなり好奇心旺盛な感じ。これはほかのアメリカのR&B、ヒップホップには見当たらない特徴です。

歌唱スタイルについても、攻撃的なビートの曲ではブリトニー・スピアーズ、ポップ・ソングではアリアナ・グランデ、ディスコではレディ・ガガを模倣してる趣があり、ポップ・ソングの歌唱をメガ・ミックスしたような面白さがあります。

例えば、『BORN PINK』収録のM②「Shut Down」では、クラシックの大ネタ・サンプリング(ニコロ・パガニーニ『ヴァイオリン協奏曲第2番第3楽章』「ラ・カンパネラ」)とR&Bシンギング、スタンダードなトラップ・ビートを交配しています。これは2000年辺りのデスティニーズ・チャイルド、アン・ヴォーグらの音楽に見られる、一時的なクラシック・サンプリング・ブームが基盤にあると思います。

同アルバムM④「Yeah Yeah Yeah」ではシンセ・ウェーブを、M⑤「Hard to Love」ではデュア・リパ的なアンビエント・ディスコを展開している辺りからは、手堅く流行を意識した様子も見受けられますが、その中でも一番面白いのがM①「Pink Venom」です。全体的に現代的でスタイリッシュなサウンドに移行した最新アルバム『BORN PINK』の中で、最もBLACKPINKらしい妖艶なサウンドを冒頭に持ってくるのは、彼女らの“私たちはブレない”という強いメッセージ。BLACKPINKを特徴づける妖艶なサウンド感の基盤になっているのは民族音楽的美学で、エキゾチックな音階、トライバルな楽器隊がそれを形作っています。今回は、その民族サウンドのレシピを解説していきます。

BLACKPINKの音楽的特徴=民族サウンド

ビルボード・チャートに異国的趣のある変わった楽曲が突発的に登場し、世界で流行することは大昔から続く周期的な現象にすぎません。例えば、坂本九「Sukiyaki」(「上を向いて歩こう」)、ロス・デル・リオ「恋のマカレナ」、O-ZONE「恋のマイアヒ」、PSY「Gangnam Style」辺りがそうです。

しかしながら、それらとBLACKPINKの音楽のヒットには明確な違いがあります。BLACKPINKの音楽を語る上では、インド音階とボリウッド映画で聴かれたようなパーカッションが“いつ全米のポップスを形作る基盤となったのか?”という視点が欠かせません。例えるならば、タピオカのような突発的ブームじゃなくて、いつから“日本の国民食がカレーになったの?”みたいな大きな話です。

世界のポップスが民族音楽を取り入れるようになった理由

決定的なパラダイム・シフトは2001年に発生しました。それは、アメリカのプロデューサーのティンバランドと、シンガー/ラッパー/コンポーザーのミッシー・エリオットによる名曲「ゲッチュア・フリーク・オン」です。この曲は、シーンに最もダイレクトに影響を与えました。

ティンバランドは世界の音楽を大きく変化させる2度の発明をしています。最初の発明はアリーヤ「One In A Million」。テンポを過激なまでに落としたスロー・ビートに、倍のタイム感で切り込むハイハットが楽曲のテンポ感を混乱させ、かく乱する摩訶不思議なビート=通称“チキチキ・ビート”と呼ばれました。それ以降のR&B、ヒップホップどころか全世界のポップスは、チキチキ・ビートの影響でリズムそのものへの考え方を根本的に変えてしまいました。日本でもSMAP「らいおんハート」、DA PUMP「if…」などを聴けば、その影響が分かると思います。

世界中が彼の背中を追いかける中、彼は2度目の発明として「ゲッチュア・フリーク・オン」を提示します。遅いのか速いのか分からない奇天烈なリズム感はそのままに、ハイハットではなく高速のタブラがこだまし、ダンス・ホール・レゲエを感じさせるリズム・パターンが唐突にミュートしてはストップ・アンド・ゴーを繰り返す……また奇妙なサウンドです。

それ以降、妖艶な民族音楽の要素を散りばめることはヒット・ソングの必修科目となり、、ビヨンセ、ジェイソン・デルーロといったR&Bシンガーはもちろん、ジャスティン・ティンバーレイク、ブリトニー・スピアーズ、アリアナ・グランデといったポップ・シンガーの音楽でもそのサウンドが模倣されました。「Pink Venom」は、そんな世界のサウンド革命史の流れの中で生み出された楽曲なのです。

BLACKPINK「Pink Venom」楽曲解説

では本題に移り、「Pink Venom」のサウンドを具体的に紐解いていきましょう。アルバムに収録されているほかの楽曲と比べると最先端のトレンドを意識している感覚は希薄で、楽曲が突然1980年代のヒップホップっぽいオールドスクールなブレイクビーツに切り替わったと思ったら、1990年代のドクター・ドレーを思わせる“ピーヒョロ”したGファンク的シンセが突然展開を分断したりと、良い意味で何でもありのサウンドになっています。

艶やかでスロー・テンポのタブラ、パーカッション、ラップ・サンプルのループを切り裂く0:10~のストリングス・サンプルは、おそらくインド映画からインスパイアを受けたサンプルか、またはボリウッド映画そのものからのサンプリングでしょう。その後入ってくるビートは、サンプリングしたビートを“ズンッズタンズタタンタ”と切り刻んで再構築したブレイクビーツ。往年のティンバランドや、それを模倣したブリトニー・スピアーズ「Toxic」のビートなどと比べると、単純なリズム・パターンだと思います。これは、ジェイソン・デルーロ「Talk Dirty」などの民族音楽×TwerkモノのR&B/ヒップホップを経由して作られた結果ではないでしょうか。

「Pink Venom」が優れているのは、とにかくシンプルなフレーズのリフレインで楽曲を構築していることです。サビでシンセ・ベース、シタール風シンセなどが独自のフレーズがキャッチーに歌っていたとしても、ボーカルがそもそもシンプルなラップなので、聴く側が一切混乱することがありません。たくさんの要素がサンプリングされて出入りしますが、一つのサンプルが鳴っているときは、ほかのサンプルを細かく切ったり、音をギューンと下げて止めるヴァイナル・ストップをしています。これにより、込み入ったサウンドでありつつも、ぜい肉の無い洗練された音楽に聴こえるのだと思います。

BLACKPINK「Pink Venom」のような曲を作る方法

「Pink Venom」のようなテイストの曲を作りたい場合は、まず民族音楽系のサンプル・パックを購入してたくさん持っておくのはマストです。僕のお薦めはZERO-G World Pack。そして、テディー・ライリー、ロドニー・ジャーキンス、ザ・ネプチューンズ、ティンバランド、ダラス・オースティン、ジャーメイン・デュプリ……など1990年代のR&Bプロデューサーを研究しましょう。ビートを止めては突然戻すといった、リスナーを楽曲のパンチラインに惹き付ける表現のセンスが本当に素晴らしいです。ブラックストリート『Blackstreet』とブランディー『フル・ムーン』、アリーヤ『Aaliyah』の3枚は必修科目でしょう。

ビートをどこでミュートし、戻しているか、単一的なリズム・ループに見せかけて、その実すごく複雑で微細な変化を付けていることに注意をしながら聴くのが、研究の上では重要です。表面的に民族的サウンドのアレンジを真似るだけではなくて、ルーツとなるサウンドが何なのかを自分なりに研究し、過去の名盤をdigってみましょう!

もし自分がBLACKPINKに楽曲提供できたら、『EXPO EXPO』(2001)時代のm-floや2002年ごろのブランディのように、万華鏡のようにひたすら展開していくタイプの変幻自在なサウンドを提供したいですね。Kポップ・プロデューサーの皆さまケンカイに仕事くれ~!!!ということで、最後まで読んでいただきありがとうございました!

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