Interview:Mizuki Sikano photo:plug+編集部
目次
“美とは整合性である”という哲学の元で作曲
ーほかのボカロPと差別化されたブランディングやアレンジのために、音選びはどのように行っていましたか?
きくお 古今東西さまざまな音楽を取り入れようと試していました。その中で僕が音選びのときに常に哲学としてることは、“美とは整合性である”ということなんですけど。
ーどういうことですか?
きくお 例えば、ゴチャゴチャと石が転がっているよりは、レンガが整然と積まれている方が美しいっていう考えです。音楽だと、一定のルールで音が配列されていると美しいと感じる。
ークラシック音楽などから連綿と受け継がれてきたルールや、典型的なビート・メイクを多くの方が美しいと思うという意味ですよね。
きくお そうですね。それがバラバラだと音痴って言われて、逆にルールがちゃんと見出せると音楽として美しく聴こえるっていうのがある。でも音楽家はルールに従うだけでは“より強い美しさ”に到達することはできないものだと思うんです。“より強い美しさ”のためには、より高度に整合性を取らないといけないのかなと。
ー具体的にはどういったアプローチになるのですか?
きくお 選んだ音同士がアンバランスでかけ離れた音であったとしても、整合性が取れるとより強い美になるなと。例えば「愛して愛して愛して」は、“私のことを愛してほしい” って表現のために、木琴、アコーディオン、ディストーションのかかった激しいドラム、シャーっていうホワイト・ノイズの音を使っている曲なんです。
この音選びにはきちんと理由があって、“愛してほしい”っていう原初的な感情って幼い考えだから、幼い子どもみたいな楽器の音を重ねれば整合性が生まれるという考えの元で音を選んでいます。
ーコンセプトの面でつながる音選びをしているのですね。
きくお ほかだと「闇祭」とかいう曲では立体音響を使っていて、頭の周りを音がグルングルン回るっていう、すごい気色の悪い音像を作っているんですけど。
ーイマーシブ空間を生成して、定位のコントロールができるプラグインを使用して作っていたのですね。
きくお そうですね。ただ、この音をスピーカーで聴くと位相がズレまくってるので、定位のバランスとしては非常に気持ち悪い音像になる。だから“これを美として成り立たせるにはどうしよう?”って考えたときに、音楽のテーマ自体を気持ちの悪いものにするっていう方法があるんですよ。“この気持ち悪い音は、この気持ち悪い表現のためにあるのか!”と納得させる。これが僕にとっての整合性を取ること。
ーコンセプトだけでなく、サウンドからインスピレーションを得るトラック・メイカー的な発想もするのですね。
きくお そういうこともありますね。でも基本的には、テーマと音像がもう同時に浮かぶ感じです。
ー面白い音像を作るために、最近一番良いなと思っているエフェクトはありますか?
きくお ピッチ・シフターですね。細かくて難しいエフェクトを使ってもどうせ伝わらないので意味が無いと思う。だから自分が力を入れているのは昔ながらのレトロなプラグインを、いかにダイナミックに使うかなんです。今日のライブでも「MAWARU」って曲で、ピッチを1オクターブ以上、上げ下げを繰り返すプレイをしました。
ー普通から外れる楽しさに気付くためには、典型的な音楽の美しさも知る必要があると思うんです。例えば、きくおさんはとてもピアノが得意だと思うのですが、どのように身に付けましたか?
きくお そう思いますか? そう思っていただけるのはうれしいですね(笑)。ピアノは全く弾けないし、ドレミファソラシドも弾けないので最近はとうとうMIDIキーボードを捨てたんですよ。ノートPCのタッチ・パッドだけで作っています。
ーそれは……信じられないです。
きくお 過去に“人間が手で弾いたときの手弾き感って何だろう?”って思い、人間が手で鍵盤を弾いたときとMIDIでポチポチ打ち込んだときの違いを調べたことがあるんです。“どのくらいリズムがズレてるんだろう?”っていうのを生演奏のMIDIを見て研究したんです。
それで得られたベロシティ調整やタイミングの編集で、より手弾きに近いように生々しく聴こえるフレーズを作っていました。あとルーム・リバーブで録音素材らしさを出したり、音質をちょっと劣化させたり、とにかく人間が生で弾いてるような編集をしていました。
ーもはやピアノの練習をする方が速いような……。
きくお 僕は指先が不器用なんですよ。過去にキーボードを習っていたこともあったんですけど、あまりにポンコツ過ぎて未だにドレミファソラシドが弾けないです。でも音楽を諦めるという選択肢は存在しなかったっていう状況ですね。
ついでに、人に演奏を頼むような度胸もないっていう(笑)。周りの才能あふれる音楽家に頼れない、自分で楽器も弾けない、だから人に演奏を頼めばおそらく2~3日で上がってくるものに、2〜3カ月かけることになるんですよね。
音楽家として生きる意思を固めた理由
ーそこまで音楽に執着できたのは?
きくお 音楽でしか生きられないと思ったからです。振り返ると、幼稚園のときからずっといじめられてきて、でも小学校のころゲームブックを作って友だちにやらせている間だけはいじめられなかったんですよ。だから、いじめの時間を減らすためにゲームブックを作り続けたら“創作じゃないと生きていけないんだ”っていう思いが固まったんです。
ーゲームブックで口封じって、おそらくめちゃくちゃ良い物を作れていたんでしょうね。
きくお 実際、2回くらいいじめっ子に“お前は良いよな。そういう創作の才能があって”みたいな感じに言われたことがありました。
ー創作の種類がさまざまある中でも、どうしてDTMを続けられたんですか?
きくお それは、才能があったんだと思います。こんなに楽チンでパッパッてできるのに、何で皆やらないんだろう?と思う。でも僕には音楽的な下地がないので、“変わった曲ばっかりを大量に作ったらいつの間にか基礎は身に付くもの”っていう考えの元でめっちゃ努力もしたんです。この前ちゃんと測ったら、年間で150曲とか作っていたんですよ(笑)。
ー好きこそ物の上手なれですね。でも苦労した感覚はない?
きくお 自分なりに大変でしたけど、割とスムーズに進んだ方だと思います。15歳でDTMを始めて、プロに“才能あるね”って言われたのが2年目くらい。19歳で商業の仕事を受けて、21歳で「僕をそんな目で見ないで」っていうボカロ曲で初バズしてから、ボカロPとして生活しているんですよね。「愛して愛して愛して」を作ったのも24歳くらいのころでした。
ー個人経営でここまで結果を出しているのはすごいですよね。セルフ・プロデュースを貫いたのは、自分の表現を大事にしたいからですか?
きくお そう見えるんだろうと思いますが、そんなことなくて(笑)。そもそも俺、ゲーム音楽を作る人になりたくて音楽始めたんです。だからゲーム音楽、東方アレンジとか、人の要求に合わせて曲を量産する仕事をやっていたんですよ。ただボカロP活動の方が上手くいっただけ。だから“これが俺の世界観なんだ”みたいな頑固なタイプではないんです。
ーでは、全部一人でできちゃったからなのですね。
きくお 過去に、一応レーベルからのお声かけはあったんです。でも“どんなことをしてくれるんですか?”って聞くと“CDを出させてあげます”って。“もうすでに自分でデザインからTSUTAYAへの流通までやってます”と言うと、“じゃあ、私たちに出来ることは何もないです”って去られてしまったんですよね。
それで、最近大人の偉い人と話すことがあって“何で俺のことを発掘しなかったんですか?”って聞いたら“きくおさんが本当に一人で活動しているとは誰も思わなかった”って言うんですよ。何かしらのバックアップはあると思われていたんですよね。
ーでは、本当に海外ツアーのように、自分の手には負えないスケールの動きが始まったことは契機でしたね。
きくお これも、自分からメールして手伝ってもらうことになったんですよね。いつでもウェルカムだったのに、自分から人に声をかけないと、俺みたいなやつはモテることないんだなと思いました。
ーきくおさんってミステリアスに見えるんじゃないでしょうか?
きくお そう思われがちなんですよね(笑)。きくおって、こんなちょいダサな名前でフレンドリーな雰囲気を出しているのに。ただ、Webサイトで外部からの仕事を断っているからかもしれないですね。
でもそれは世界観を重視しているのではなく、自主制作の方が儲かるからで、自分の意思で自分の好きなものを作る方が楽だからなんですよ。つまり、楽しく、儲けたいだけ。
星くんは“きくおランドの主人公”
ー星くんなどオリジナル・キャラクターの展望も気になっているのですが、きくおランドの今後の構想はある?
きくお 星くんもTwitterのために既存のMVのキャラでもアイコンにするかって思って、「そして君は月になった」の星くんを引っ張ってきただけなんですが、着ぐるみとか、グッズとか作ったらみんなが喜んでくれて。“もっとやろうかな”って思いましたね。これからも夢の国感が出てくれればいいなと思っています。
ー星くんはどういう存在なんですか?
きくお 星くんとは、きくおランドという楽しい楽しい場所の主人公であり、サンリオでいう、キキララみたいなキャラだと俺は思ってるんですけど(笑)。
ーはっきり、言いましたね(笑)。これからのきくおランドが楽しみです! では最後の質問で、今年の活動について考えていることは?
きくお ちょっと制作が滞っているので、まずは新曲を出したいですね。これまで私生活の方でちょっといろいろあったのですが、今は制作がバリバリできる環境になっているので今年ドンドン出したいと思っています。あとはライブもしながら、よく分かんないおかしなことをしていきたいです。
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