Text:ケンカイヨシ 企画/編集:Mizuki Sikano ⓒ 2023 ADOR. All Rights Reserved.
K-POPアイドルの人気楽曲を日本で活躍するプロの作曲家/トラック・メイカーが音楽的に分析して、解説する企画! 音楽プロデューサーとして花澤香菜、高橋優、リサイタルズ(東海オンエア)などのアーティストやYouTuberの楽曲を手掛けているケンカイヨシに、今回はNewJeansの音楽プロデューサー250(イオゴン)と「ETA」を読み解いてもらおう。
こんにちは、作編曲家のケンカイヨシです! 最近自炊にハマり、スパイスカレーやスムージー、米粉パンや甘酒などを自宅で作ってる音楽プロデューサーです。
ここ3年間くらい世界がwithコロナで密室的な世情が元になったからか、内省的、内側へのエナジーがじわじわと燃え上がるタイプのチル、または極端に怒りを爆発させたり……面白いサウンドが増えていきました。今後のサウンドは、声出しOKのライブの影響が反映されていくのでしょうか?
目次
NewJeansの「ETA」を音楽的に分析/解説
さて、今回はNewJeans「ETA」を取り上げます! 全編APPLE iPhone 14 Proで撮影され、楽しいパーティーの景色と幾度とも解釈可能な車のシーンと、「複数の時間軸が錯綜するMV」も話題になりました。
今回は「ETA」のサウンド、引いてはNewJeansの素晴らしい座付役者である250(イオゴン)の音楽性を、僕の音楽プロデューサー的視点で掘り下げていきます!
NewJeansの音楽プロデューサー=250(イオゴン)について
NewJeansのヒット曲をやつぎばやにプロデュースする250について理解するには、彼のソロアルバム『PPONG』を聴くのが良いです。
世界進出に向けた野心あふれるプロデューサーでありながら、当アルバムが「ポンチャックの現代的蘇生」をテーマにしていることからも分かるように、自国の文化的遺産を継承することに非常に自覚的なのが彼の特徴。同アルバムの序盤「Bang Bus」「Love Story」はポンチャックらしい高速ビートでありながら、それをEDM、トラップ的視点から再構築したような音像が実験的です。「It Was All a Dream」におけるアブストラクトすぎるヴォーカルの音像、「Give Me」に至っては、ワルツとフューチャーベース、バート・バカラックのようなイージー・リスニングを融合するというぶっ飛び具合で、「伝統の継承と実験と革新」こそが、ビート・マイスターたる250氏の一番目指すところなのでしょう。
NewJeans「ETA」に流れる音楽ジャンル=マイアミ・ベースとは?
もちろんNewJeansはもっと歌モノ的で分かりやすいアウトプットではありますが、大メジャータイトルを手掛けたとて、名匠250が自らのトゲを失うはずもありません。「ETA」のために、彼が材料としたジャンルはアメリカ南部から生まれたヒップホップ・ダンスサウンド=マイアミ・ベースでした。
マイアミ・ベースとは、ドラムマシーン(ROLAND TR-808)のシンプルなパターンを特徴とした高速ビートのヒップホップで、いわゆる文学的ヒップホップとは違う、頭空っぽでひたすらにノリノリになれるシンプルなパターンが特徴です。2 Live Crew「me so horny」を聴けば、概ねこのジャンルの肝が分かると思います。この単純明快なマシーン・ビート・ヒップホップはアフリカ・バンバーダ「Planet Rock」から継承したものであり、かつその後トラップに継承されていきました。
マイアミ・ベース自体は1980年代後半に生まれたジャンルですが、1997年くらいから歌モノR&Bと融合する実験が局所的にヒットしました。B-Rock、The Bizz「My Baby Daddy」はエモーションズ「Best Of My Love」の早回しサンプルにポップ・ラップを乗せたキュートで皮肉っぽい曲に。ジャネット・ジャクソンも自らの曲のリミックス「I Get Lonely (Jam & Lewis Feel My Bass Mix)」で、所謂マイアミ・ベース的アプローチとメロディアスな楽曲を融合しました。2000年にはKandi「Don’t Think I’m Not」がヒットしましたが、これもR&Bスロウ・ジャムがサビで高速マイアミ・ベースに変化します。これら影響は日本にも届き、SILVAの「心と体」や、Kandiのノリを、全盛期のスティーヴィー・ワンダー的暖色のコード感で包み込んだような趣のCHEMISTRY「Point Of No Return」が日本でも大ヒットします。
「ETA」はマイアミR&Bブームを源流としている?
前提として、NewJeansは「Y2K世代=1990年初頭~2000年前後にヒットした音楽ジャンルをいかに再調理するか」をテーマにしていますが、中でも「ETA」は先に書いたような1990年代後半の局所的なマイアミR&Bブームを源流としたトラックになっていると感じます。
シンプルなハイハットのチッチキ、TR-808風にテケテケしたビートから、ヒップホップ好きなら誰もが耳にしたことのある「イェー!フォー!」というサンプル(Lyn Collins「Think (About It)」が元ネタ?)などは、哲学的思考でヒップホップの偏差値が上がる直前の「とにかくノリ重視」な空気を継承しています。そして、それらをシンプルに連打するブラスのリフと、メロウなコードを押さえるエレピだけで突き進む音数の少なさは、トラップ以降の現代風にリコンストラクトされています。しかし、35秒からの細かい譜割りのラッピンは、いわゆる現代のトラップのノリではなく、それこそ2002年くらいのBrandyなど、マイアミR&Bと並走する形で大ヒットした2ステップ系R&Bの影響を強く感じさせます。(Brandy「All In Me」の1:45から聴くとよく分かると思う)
これらの音楽はドラムの細かさと一音一音の短さが特徴で、その疾走感あふれるスムーヴはアメリカの東海岸や西海岸ではなく、むしろ南部やイギリスで生まれたカウンター・ミュージックのそれで、突き詰めていくとMJ Cole「Sincere」のスピード感あふれるソウルネスに辿り着きます。そういう意味でも、250はあくまで「伝統と革新」に重きを置いたプロデューサーであることが分かります。
NewJeans「ETA」のような曲を作るために必要なこと
「ETA」のすごいところは、R&Bらしいシンプルなコード感、メインのブラスは単音の連打、と非常にシンプルな構成であるにも関わらず、細かい音の出し入れが多彩で最後まで飽きさせないことだと思いました。
このような音数の少ない曲を作ろうと思ったら、とにかく各パートの「アタック感を強調する!」のが大事だと思います。流行しているトランジェント・シェイパー(僕はNATIVE INSTRUMENTSのものや、IZOTOPE Neutronに入っているものを使っている)をガンガン使って頭(編註:トランジェントという音の立ち上がり)を突いてやってもいいです。
僕の場合はSUGAR BYTES Effectrixというエフェクト・シーケンサーで頭を強調するテクニックを多用しています。基本的にEffectrixは音を破壊して思いもよらぬ方向にするプラグインなのですが、僕はEffectrixのstutterを全開にして、1/8や1/16でかける方法をよく採用しています。Wet100%でかけてしまうと音が細かくテ・テ・テ・テとなりすぎてしまうので、例えばWet15%くらいのバランスで混ぜてやると、間延びしていた音が、頭の部分だけ強調されて聴こえるという効果があります。これをぜひ、オススメしたいです。
またこのジャンルはドラムを強調するのが大事なので、マスキングした音、帯域をサイドチェインで減らす機能があるディエッサーOEKSOUND SOOTHE2を使います。例えば、ピアノの音がボーカルの音と干渉してるときに、ボーカルをサイドチェインにいれてピアノの帯域を減らせます。
他には、ループから自動でチョップポイントを制定して、MIDIに自動でアサインしてくれるNEW SONIC ARTS Vice 2などが便利なので、僕はよく使っています。CubaseのサンプラートラックでSliceをオンにしても同じことができます。
今、最もホットなサウンドであるNewJeans、今後どのように展開していくか、めちゃくちゃ楽しみです!
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