聞き手:Mizuki Sikano ※メイン画像引用元:YouTubeサムネイル(リンクは文中)
ネット発の歌い手というだけでなく自らボーカル・ミックス、エフェクト・プロセッシングも行う美的センスとこだわりの持ち主、超学生(読み:ちょうがくせい)。そんな彼ならではの視点で“ネット発アーティスト”を紹介し、そのサウンド的に魅力的な部分を語ってもらう。彼の脳内で日常的に行われている音楽的研究を通して、歌と音楽制作の楽しみを新発見できる連載! 今月はカンザキイオリ「自由に捕らわれる。」です。
目次
ネット発アーティスト・サウンド解剖開始
余談:メジャー・デビュー・シングル「Did you see the sunrise?」の話
ー「Did you see the sunrise?」での、メジャー・デビューおめでとうございます!
超学生 ありがとうございます!
―すごく驚いたのが作詞/作曲の担当が松隈ケンタさんであること。
超学生 今回『仮面ライダーBLACK SUN』の主題歌が決まっていたので、そちらの製作チームと連携して楽曲制作をする中で、こういったロックな楽曲が出来上がりました。
―生楽器の音がとても多いですよね。
超学生 そうなんです。それについては、結構新鮮に感じました。僕が歌う機会が多いのはやっぱりボカロ曲なので、基本的に打ち込みじゃないですか。でも「Did you see the sunrise?」は、デモの段階でバンド・サウンドの大部分が生楽器だったんです。レコーディングの段階ではストリングスも生楽器に代わっていたので、生楽器のオケをヘッドフォンでモニターしながら録音させてもらう、というのはとてもうれしい体験でした。
―オケの雰囲気が変わると、自分の歌い方も変化したりしませんでしたか?
超学生 変わりましたね。いつも激しい曲調だったらザラザラした質感とかガラガラした声質で歌うことが多いんですけど、「Did you see the sunrise?」はギターやベースが倍音豊かなひずみ系サウンドだったので、同じような激しい声質にすると埋もれたり、しつこくなってしまいそうだと思ったんです。あとは歌詞の内容も鑑みて、ちょっと張り詰めたような声で歌うことにしました。
―松隈さんの詞を解釈して自分の歌にするのは、普段のカバーへの取り組み方と通じる部分が多かったですか?
超学生 通じる部分は多いです。ただ、普段は歌詞の背景についてボカロP本人に話を聞く機会なんてないじゃないですか。今回は『仮面ライダーBLACK SUN』の主題歌だったので、いただいた2話の映像を見てから取り組んだり、レコーディングのときには松隈さんの仮面ライダーに対する熱い思いもうかがえたんですよね。だから歌詞の世界は解像度の高いものを見れていたので、これまで以上にスムーズに歌えたなと感じています。
―松隈さんからボーカル・ディレクションとかもあったのでしょうか?
超学生 基本的なボーカルのビジョンは先ほど話した感じで決まっていました。でも、録音スタジオで松隈さんの立ち会いの元レコーディングを進めながら、松隈さんから“ちょっとこういう歌い方を1回やってみようよ”って言ってもらったり、いろいろ試させてもらったと思います。
―ちなみに使用したマイクは何でしたか?
超学生 SONY C800Gです。中域の密度が詰まったマイクだったので、あるポイントを狙って打つように歌わなきゃいけないマイクっていうよりは少し気を抜いて空間に響かせるように歌っても安心していられるマイクだったなと思います。自由に歌わせてもらえましたね。
今月の選曲 カンザキイオリ「自由に捕らわれる。」
ーでは本題に移っていきましょう! 今回取り上げるのは、カンザキイオリさんが歌う「自由に捕らわれる。」ですね。超学生さんにとってカンザキイオリさんはどのような思い入れがあるアーティストですか?
超学生 「死ぬとき死ねばいい」って曲を聴いたときに、新しいものを見た感じがしたのを覚えています。あと僕の勝手な感覚で、カンザキイオリさんはなんか夏のイメージが強い方だなって思うんですよね。個人的に映像とか音楽とかでも夏のノスタルジーな雰囲気が好きで、カンザキイオリさんの楽曲からそのムードを感じることが多いなと思います。
歌詞を聞かせることに重きを置いたミックス
―この選曲の理由は?
超学生 前回チョイスしたGiga×TeddyLoid「デスペレート feat. LOLUET」は、声を楽器的に扱うというか、音の面白さ的な部分にフォーカスが当たって聴こえてくる楽曲のように感じたんです。けれど、この「自由に捕らわれる。」の場合、歌詞を聞かせることに重点を置いている。そういう楽曲として取り上げたいと思いました。
―2018年にリリースされた初音ミクが歌唱する「自由に捕らわれる。」と今年5月にカンザキイオリさんによるセルフ・カバー・バージョンの2つがありますね。ボカロの方は感情が静かに高ぶるロックのような感じ。セルフ・カバーの方はストリングスなどを主体にして少しゆったりとしたアレンジになっています。
超学生 感情が静かに高ぶるロックっていうのは、カンザキイオリさんらしさだと思いますね。セルフ・カバーのバージョンで聴けるカンザキさんのボーカルは、歌詞の文学的、情緒的な部分を聴かせるようなミックスになっていると思います。
ピッチや音量の揺らぎが残っている
―情緒的に聴かせるボーカルの要点とは?
超学生 まず前提として、歌詞とリンクしている表現っていうのが一つあると思います。それとは別で、今回のカンザキさんのボーカル処理に関しては2つ大事なポイントがあると思っていて、一つはピッチや音量の揺らいでいる部分を残すということですね。前回お話ししたK-POPっぽいボーカル、エド・シーランやジャスティン・ビーバーなどアメリカのポップ・シンガーのボーカルはピッチがツンってまっすぐ奇麗に整えられている。でも、カンザキさんのボーカルはそうじゃなくて、意図的に揺らぎが残されて散りばめられているような印象があります。
―ボカロのバージョンも柔らかい滑らかさ、人間味は考慮して作られているような。
超学生 ボカロの方は、情緒的な部分を盛り上げるために、子音の響き方、音の強弱や抑揚などは意図的に強調して調声しているような印象がありますね。
リップ・ノイズやブレスが丁寧に処理されている
―カンザキさんのボカロ調声のニュアンスが、このセルフ・カバーのボカロ・ミックスに影響していると感じる部分はありますか?
超学生 それが2つ目のポイントにつながっていて、ボカロの方はいろいろと工夫がプラスされているけれど、セルフ・カバーの方は不要なものをカットして素材を生かす方法だから、ミックスでやることとしては真逆だなと。セルフ・カバーの方は、情緒的に聴かせる揺らぎを残しつつも、不要なノイズなどはきちんと取り除かれている印象なんです。トランジェントを強調して子音を聴かせたり、高域をザラザラさせたりといった、面白みとして加えられているエフェクト処理は特にないと思うんです。コーラスもステレオ感はなくて、モノラルですし。
―ボーカルの素朴な魅力が前面に出ている感じがありますよね。
超学生 歌詞を聞き手の脳みそにスムーズに流す作りになっていて、だから逆にめちゃくちゃ丁寧な処理だなって思ったんですよ。リップ・ノイズやブレスが気にならないように処理されている。
―バラードらしいオケでこの感情的な歌い方で、自然な声を生かすアレンジを好んでやる方は、今ネットでもJポップでもめずらしいように思いますね。
超学生 そうなんですよね。しかもそれが、今流行しているボーカル・ミックスの音に囲まれても、つまらない音だと感じないのがすごいところ。ボーカリストのエモーションが消えないことと、リスナーの聴きやすさ、両方のバランス感覚が優れているんです。
―そう思う理由としては?
超学生 ピッチ補正をやり過ぎないようにしたり、トランジェントを強調しないけれど発音が伝わりやすいようにするとかですかね。
―レコーディングの段階でもリップ・ノイズを抑えたりとかあったのかもしれないですね。
超学生 もちろん、それもあると思います。ちなみに、リップ・ノイズとかをカットするとその部分の子音が立たなくなったりするんですよ。例えば、ナ行はリップ・ノイズが乗りやすいんですが、その部分のノイズを消すと“N”の要素がなくなっちゃったりして発音が変化してしまったりするんです。特に、ハスキーだったりしゃがれていたりする声はノイズ処理で失われる情報が多くなります。その点、カンザキイオリさんは本当にストレートな声質で、ある意味素直な迫力のある歌い方をしているのでノイズは比較的消しやすいような、そんな気もしますね。
―迫力は歌い方だけでなく、後処理の観点でも感じられますか?
超学生 感じますね。でももちろん歌い方に声量が無いわけではないし、感情の振れ幅とかは抑えないで惜しみなく出している声がする。特に2:52〜とかは美味しい部分も感じるのに、不要なノイズが聴こえない。
―ここは喉仏の揺れみたいなものまで聴こえてきますね。
超学生 そうですよね。だからエンジニアリングの見せどころというか、僕がやるとしたら処理が難しいから、出来ればやりたくないと感じるぐらい繊細な作業だと思いますね。ピッチとか少しでも調整すると揺れごと音程が変わって本来の声のうま味が消えるから、単純に安定感のない歌い方に聴こえちゃう。ピッチ補正のかけた後どのぐらいナチュラルな音になるかは、倍音の取れ高にもよるので、録りの腕も試されてしまう部分だなと思います。まぁ……もちろん、録りの段階でめちゃくちゃカンザキさんのピッチが合っていたら、それはもう、処理不要だったんだねという話になるんですけど。
個人的にもピッチ補正を減らすブームが来ている
―元の良さは残して、歌詞はまっすぐ伝えたいけど、ピッチは絶対にナチュラルに聴こえさせたい、という今回のようなプランを超学生さんが自分の声の処理をするときに意識したりすることはありますか?
超学生 それこそ最近そういうブームが個人的に来ているんですよね。ずっとピッチとかもぴったりと合っているのが好きだったんで、ピッチ補正をしながらいかに自然に聴こえさせるかっていう考えでやっていたんです。でも「Did you see the sunrise?」のレコーディングの経験や、ほかのピッチ補正のナチュラルな楽曲をいろいろと聴く中で、個人的にもそういった音作りに影響を受けるようになりました。
―確かに「Did you see the sunrise?」はガツンと印象的に響かせるだけじゃなく、優しい声音や弱々しさとかが伝わってくるので、良い感じに世界に入り込めるような印象を受けます。
超学生 これがきっかけで、そういう歌い方の練習もしようと思いましたね。すでにアップしているカバー曲だと「Overdose」とかは意識しました。これは録りの段階であまりピッチ補正をしなくてもよく聴こえるように歌ったんですよ。
―具体的にはどういう努力をするのでしょう?
超学生 単純ですが、いつもより練習を頑張りましたね(笑)。歌っては聴いてを繰り返して、ブラッシュ・アップしていきました。あとは録りでかけるコンプを強めに、レシオ8:1とかに設定していました。普段だったら2:1なので。
―だいぶ違う設定ですね。
超学生 でかいピークは抑えられますけど、それ以外にコンプがかかっていないことになるので、その後の処理は念入りにやっていきました。エフェクトはガッツリかけたりしてゴリゴリやりましたが、ピッチ補正が少ない分、歌い方のニュアンスを自然に生かせたと思います。
超学生が10月に購入したプラグイン
T-RACKS EQP-1A(真空管モデリングEQ)
―では最後に今月のプラグインの話にいきましょう!
超学生 10月に買ったものだと……T-RACKS EQP-1Aです。
―EQP-1Aの話って前もしていなかったですか?
超学生 PULTEC EQP-1Aの音がめちゃくちゃ、大好きなんですよね(笑)。有名どころから出ているEQP-1Aは全部持っているかもしれない。でもメーカーによって音が全く違ってくるのが面白いんですよ。結論から言うと、ほかのメーカーのモデリングに比べて、そこまで音は太くないけれど、高域のザラザラ感がビンテージっぽくて面白いと感じます。
―おすすめの使い方は?
超学生 少しキラキラした音がするので、ロックでもバラードでも合うなと思います。男性ボーカルだけじゃなく、これは想像ですが女性ボーカルで繊細めなサウンドにしたいときなどに重宝しそうだと思います。
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